【No. 044】つながるおもい

 蒼く透ける海の底で、小さなクラゲがひらひらと生まれました。周りでも、同じように生まれた兄弟がたくさんひらひらしています。けれどもそのクラゲは、潮にすぐ流されてしまう自分を、兄弟に比べてなんて小さいのだろうと思っていました。


 クラゲ達の海はいつも穏やかでしたが、ある時、大きな嵐がやってきました。嵐はとてもどう猛で、真っ黒な雨と風がクラゲ達の海を襲いました。

 クラゲ達は流されないように、ひらひらとした身を寄せ合います。あの小さなクラゲも、必死になって兄弟にしがみつきました。ところが、一際大きい波によって小さなクラゲは瞬く間に呑み込まれてしまったのです。兄弟の呼ぶ声がどんどん離れていくのに、どうすることもできません。何も見えない闇の中、どんどん、どんどん流されます。クラゲは心細くて、花びらのように小さな体を折畳み、目を瞑り、嵐が収まることだけを祈りました。


 やがて嵐が収まると。

 クラゲは、光が差し込むごつごつとした岩穴の前に流れ着いていました。暫く岩穴のほとりで漂っていると、クラゲの半透明の体が誰かにふにふにと押されました。

 そこには、大きなタコのお母さんがいました。その岩穴はお母さんの住処だったのです。お母さんはクラゲを押しながら言いました。

「ここは私たちの住処です。どこかへ行きなさい」

 小さなクラゲは言いました。

「疲れて動けません。少しだけ休ませてください」

 嵐に遭い、兄弟と離れたのだとクラゲは言いました。仕方なくお母さんは、疲れが癒えるまで休んでいいと言ってくれました。

 クラゲはお母さんに、どうしてここにいるのか尋ねました。するとお母さんは岩穴の中にクラゲを案内し、たくさんの小さな卵を見せてくれました。


 クラゲはお母さんの岩穴で過ごしました。もう疲れは癒えていましたが、小さなクラゲは小さいままで、海へ出るだけの力がありません。クラゲの細くて頼りない触手を見たお母さんは少し笑うと、まだここにいてもいいと言いました。


 ある日、岩穴に大きな魚がやって来ました。魚は目敏く、卵がある岩穴を見つけ、食べてしまおうとやって来たのです。

 お母さんは、クラゲに隠れているよう伝えると、十本の足を広げ、真っ黒くて大きな墨を吐き、魚の行く手を塞ぎました。魚も対抗してお母さんの足に食らいつきました。魚はお母さんの足を何本か食いちぎりましたが、お母さんは魚の目玉に吸盤をくっつけました。吸盤はとても痛くて、魚はたまらず逃げ出しました。魚が戻ってこないことを確かめてから、お母さんは岩穴に戻りました。お母さんは、とても疲れた様子でした。


 たくさんの卵の中で、小さなタコの子供達がくるくると動き始めた頃。

 クラゲは小さなクラゲから大きなクラゲに成長しました。子供達がくるくる回ると、クラゲも嬉しくなって一緒にくるくる回りました。お母さんも嬉しそうに足先をくるくるしました。自分は岩穴を出た方がいいかお母さんに聞くと、お母さんは微笑んで言ってくれました。

「ここにいていいよ」


 ついに、タコの子供達が生まれました。

 生まれたばかりでも元気よく動き回り、お母さんはとても安心したようでした。しかし、その後はみるみるお母さんの元気が無くなっていきます。そしてお母さんは、今では大きく立派に成長したクラゲに言いました。

「子供達を、お願い」

 お母さんはそれだけ言うと、小さな小さな墨を一度だけ吐きました。そうして眠ったきりになり、やがて白く濁ってしまいました。

 泣いている子供達に、クラゲは言いました。

「僕がみんなを守るよ」

 クラゲは子供達の成長を見守りました。子供達もみんなで支え合い、逞しく、どんどんと大きく育っていきました。


 そんな時、また大きな魚がやって来たのです。

 魚の目玉には、吸盤のような傷跡がついていました。子供達は手を広げたり、小さな墨を吐いて必死に追い返そうとしましたが、あっという間に次々と食べられてしまいます。子供達は岩穴の中に隠れるほかありませんでした。

 ついに魚が岩穴に入ろうとした寸前、カンカンに怒ったクラゲが立ち塞がりました。

「やめろ!」

 クラゲは細い触手を魚に伸ばしました。

「弱そうな触手だな」

 魚は笑ってクラゲを無視しました。しかし、触手が魚の皮膚に触れた途端、魚は大きく仰け反り、たちまち逃げてしまったのです。急な出来事に驚いていると、岩穴に隠れていた子供達がクラゲにお礼を言ってくれました。


 そうして日々が過ぎ、子供達は岩穴を出て一人で生きていけるようになりました。次々と出ていく子供達を見ながら、クラゲも自分の命があまり長くないことを悟りました。

 最後に残った子供はなかなか岩穴を出ようとしませんでしたが、勇気を出すようにクラゲは励まし続けます。お母さんに頼まれたから、最後まで見守ると決めていたのです。

 そしてついに、最後の子供も岩穴を出ました。クラゲも一安心し、触手を動かすのを少し休みました。それでもクラゲは岩穴を出ようとはしません。タコのお母さんが休んだ場所だから、ここで休みたいと思ったのです。

 やがてクラゲは、光が差し込むごつごつとしたこの岩穴のほとりに落ちました。


 長い間、岩穴には誰もいません。

 しかしいつの間にか、クラゲが落ちた所から無数の突起が伸びています。突起は少しずつ伸びていき、途中でが出来ました。くびれは何重にも連なり、その溝はどんどん深くなっていきます。そして遂に、突起の一番先端にあったくびれが、突起を切り離してしまいました。すると切り離されたその突起が、ひらひらと動き始めるのです。後に続くように次々とくびれが突起を切り離していき、そうしてたくさんのひらひらが生まれました。


 たくさんのクラゲの兄弟が、ひらひらと生まれたのです。

 目の前に広がるのは、蒼く透ける海と、静かな岩穴。兄弟は初めて見ましたが、なぜかその岩穴を離れたいと思いませんでした。


 やがてそこへ、一匹のタコがやって来ます。

 昔ここでクラゲに勇気をもらった。同じ場所でクラゲに再会したのだから、その恩を君たちに返したいと言うのです。

 タコは小さなクラゲの子供達に向かって言いました。

「大きくなるまで、この洞窟で君たちを見守ろう」

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