【No. 076】神様にまた会える
この地域の人たちの暮らしも、今やかなり現代的なものになっている。インターネットもあるし、スマートフォンだって使いこなしている。公式SNSアカウントには、地域の若い女性たちが伝統衣装に身を包んで、髪の毛に造花を飾り、親から受け継いだ踊りを披露する動画がアップされ、たくさんの
地域の女性が踊る伝統舞踊は、観光の目玉の一つだ。元々は祭りの日に踊っていたというそれは、今となっては毎日のように観光客に向けて披露されている。それはもう、伝統の姿からは離れすぎてはいないだろうか。
「そうは言っても、ここの人たちにも生活ってものがあるでしょ」
アイラは俺の考えをバッサリと斬って捨てた。それはあんまりな物言いに聞こえたものだから、納得いかなくて、俺は食ってかかる。
「でもさ、本来の形を考えたら」
「文化は変わっていくものだから」
「外から人が来ることで、変化が急激になってしまったのでは?」
「わたしたちはそうやって急激に変化してきたじゃない。それを他の文化には禁止するの? あなたたちの文化は貴重なものなので、我々の文明を拒否して生きてくださいって? わたしたちがそれを決めるのは傲慢じゃない?」
アイラの言うことも間違ってない。この地域の人たちがどのように暮らすのか、決めるのは外から来た人じゃなく、ここの人たちであるべきだ。
こうやって観光客に混じって彼ら彼女らの伝統文化ショーを眺めている自分なんかが軽々しく口出しして良い問題じゃない。それもわかっている。
口を閉じてステージを見れば、並んだ女性たちが輪になってくるくると回っていた。花の刺繍の布がふわりと広がって、まるで花開いたかのようだった。
「それでも、今こうやって観光客に向かって踊っているこの踊りが本当はどんなものだったのか、忘れられていくのは寂しいじゃないか」
俺の言葉に、アイラは「まあね」と曖昧な返事をした。そして、ステーキを一切れ口にする。ステーキは、元々はこの地域にはなかったもので、観光客向けに用意された食事だった。
その女性はカンニャと名乗った。学生で、観光客向けに踊っているのはアルバイトなのだと言う。アイラがカンニャに向けてカメラを構えると、彼女ははにかんだように笑った。
「わたしの祖母は選ばれた踊り手でした」
カンニャの共通語は上手だった。発音に多少聞き取りにくい部分はあったけど、会話にはほとんど支障がなかった。ただ、文化に関する言葉は、やはりその文化を知らないと理解が難しい。
選ばれた踊り手というのは、祭りの日に踊るために選ばれる。今はその祭りの踊りも観光客向けに広く公開されているが、元は神に捧げるために踊られたものだと聞いた。
「祖母はわたしが踊っていることを喜んでいます。祭りが消えること、踊りがなくなること、どちらも望みません。それよりは、神様のために踊ること、それが続くことの方が嬉しい」
カンニャはそう言って、祖母が着たという衣装を着て見せてくれた。
「祖母は言います。どんな形でも祭りは祭りだと。踊りが本物かどうかは踊ればわかる。神様に会える踊りが本物です。でも、誰でも本物の踊りができるわけじゃない。だから、普段の楽しむ踊りはあれで良いそうです」
この言葉の意味は、後で説明してもらってわかった。神に会うための踊りは難易度が高く、できる人が限られている。だから、観光客向けにはそれよりももう少し簡単な踊りを踊っているということらしい。
「祖母は神様に何度も会ってる。わたしは、まだ一度だけ」
観光客向けの衣装には、花の刺繍がたくさん飾られていた。けれど、今カンニャが着ている衣装には花の刺繍はない。頭の造花もない。
かわりになのか、カンニャは生花を髪に、帯に、飾り始めた。
「祭りの日には、花を飾ります。けれど、毎日は用意できないから、普段は刺繍で良いってことになってる。普段着に花の刺繍が多いのは、花を飾るかわりです。だから、普段の踊りも刺繍でかわりにしてる」
そうやって花を飾ったカンニャは、山が見える場所に立った。カンニャがアイラを見る。アイラはカメラを構えたまま頷く。
カンニャはカメラに向かってにこりと笑った。
「今日は、神様にまた会える気がします」
カンニャは山を向いて地面に膝をつくと、両手を広げる。その後に歌うように紡がれる言葉は、共通語ではない。咄嗟には聞き取れない。多分、神への言葉なんだろう、と想像する。
広げた両手を頭上高く持ち上げて、顔が上を向く。声は止まらない。
とても長く声が伸びた後に、カンニャは立ち上がった。そして、くるりと回った。衣装の布がふわりと持ち上がる。
そこからカンニャはひとときも止まらずに、回り、時には跳ね、また回り、回り、まわり──神に会うための踊りがこんなに激しいのであれば、確かに踊れる人が限られるのも頷ける。これはやはり、選ばれた踊り手のためのものなのだ。観光客向けの踊りは、これに比べれば随分と穏やかで楽しいものだ。
また、歌声が始まる。まわりながら歌う声は、時折かすれて途切れ、それでも何かを訴えるかのように響く。
苦しいのではないかと不安になったが、踊るカンニャは確かに笑っていた。
やがて、カンニャの足が止まり、また山に向き合う。地面に膝をついて両手を広げる。長く伸びていた声がかすれて途切れる。
カンニャの肩と背中が大きく動いている。我々には聞き取れない言葉を途切れ途切れに呟いては、喘いでいる。
やがてカンニャは顔を上げて、こちらを見て恍惚と笑った。
「神様、会えた、少しだけ。でも、また会える。何度でも」
「自分にできることは、こうやって記録することだけって気がしてるんだよね」
帰りの飛行機の中、映像の中のカンニャの笑顔を見て、アイラが言った。
「次に行ったときには、どのくらい変わってると思う? カンニャに再会できたとして、彼女はまだ神様に会えるままだと思う?」
アイラの言葉には、小さく首を振って答えなかった。代わりに別の問いを投げかける。
「やっぱりそれは寂しいことじゃないか?」
「だからわたしは、その変化も含めて記録するんだ」
そう言ってアイラは、タブレットのディスプレイをオフにした。
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