5月13日 公開分

【No. 075】不惑のプロローグ

 朝から血が騒ぐ。今日は何も手に付かないに決まっているから、大事な仕事は昨日のうちに片付けた。


 心ここにあらずな自分に「恋かよ」とツッコみながら、財布の中のチケットを確かめる。


【メガトンキャノンズ再集結ライブ! ついに不惑のプロローグ!!】


 文字を見ただけで胸が熱くなる。「再集結」という呼称は、彼らの、そしてファンである俺たちのこだわりだ。断じて「再結成」ではない。メガトンキャノンズメガキャンは一度も解散などしていないのだから。


 俺らは解散しない、と彼らは宣言した。80~90年代のバンドブームをともに駆け抜けた、同志の人気バンドが相次いで解散した直後。


 ボーカルのタカさんは「メガキャンは永遠に不滅で~す!」と絶叫し、客席にダイブした。ごつい肩が、俺の手に触れた。固くて、熱くて、湿っていた。俺たちはこれでもかとたけり狂った。


 数年後、メガキャンは活動を休止した。「35歳になり、いろいろ思うところがあって、歌との向き合い方を変えたい」。タカさんはそう言ったが、要するに声が出なくなってきているのは、ファンも感じていた。彼特有の叫ぶような発声の寿命が長くないことは、素人にもわかる。


 月一のファンクラブ会報も休刊し、CDを聞く頻度もしだいに減った。やがて就職活動という現実に押し流され、俺は思いのほか上手にメガキャンから離れていった。


 あれから5年。再集結の知らせに、俺の心は熱を取り戻した。


  しまい込んだ思い出も

  夢の中じゃフルカラーで

  ずるいよ 会いたいよ

  君に もう一度


 歓声を受けて登場した4人。外見は5年前と変わりない。ギター、ベース、ドラムの演奏にも、特にかげりはなかった。しかし。


 タカさんの歌声には無理があった。高音は苦しげだし、激しい曲では、周波数を上げただけのシャウトもどきでごまかしている。MCも妙に長い。


 中盤では、他の3人を残してステージ袖に消えた。近況トークに続いて、ギターのモッチが歌うソロ曲。前代未聞の展開だ。どう見ても、タカさんを休ませるための時間。かつて俺たちを沸かせ続けた怒濤どとうの3時間を思うと、中だるみ感は明白。


 曲は今も好きだ。歌詞だって素晴らしい。でも、あの勢いあってこそのメガキャンだろ? こんなざまなら、復活しない方がよかったんじゃないか? 


 後半で演奏された「不惑のプロローグ」は、今回の表題作。40歳中年男の悲哀とささやかな幸福をコミカルにかなでる名曲だが、タカさん本人が枯れた40になった今、もはや笑えない。これじゃ不惑のがせいぜいだ。


 メガキャンは俺の青春だった。新曲は発売と同時に買い、四六時中iPodで聞き、出演番組を録画し、カラオケで歌い、ファンイベントにも参加した。


 高校でも大学でも、友達が熱狂しているアーティストより、メガキャンは一世代古かった。何しろ、デビューは俺が幼稚園の頃。ライブに来るファンは、俺より一回り以上年上。彼らと一緒に騒ぐことで、大人の仲間入りをした気分になった。


 そんな青春が、今夜よみがえりかけて、無惨に崩れ去った。アンコールに応えるタカさんは涙ぐんでいたが、俺は違う意味で泣けてきそうだった。


 だが、周りを見回しても、後日SNSのコメントを読んでも、否定的な感想を寄せたのは露骨なアンチぐらいだ。結局、俺は本当のファンではなかったということか。その気付きこそが、一番ショックだった。



        ◆



「パパ、誕生日おめでとう!」


「ありがとう、明音あかね。おお、上手に描けてるな!」


 自分の誕生日なんて、もうめでたくない。でも、祝ってくれる家族の存在は素直にありがたかった。

 

  意味があるのか不明な残業

  部下がミスってブルーな心境

  思わずグチればツイート炎上

  頼みの綱は家族の愛情


 懐かしい「不惑のプロローグ」の歌詞が浮かび、身につまされる。


 4人での再集結は、あの一度きりだった。振り返るたび、苦い気持ちになる。


 俺自身、四十路よそじを迎えた今なら想像がつく。彼らはきっと、あれが最後と悟ってあの場に臨んでいた。


 タカさんが40になった年に、ヒット曲『不惑のプロローグ』にかこつけて一夜限りの再集結を果たす。その悲壮な覚悟に、真のファンは気づいていただろう。誰も口にはしなかったが、あの日の空気を思い返すと、そんな気がしてならない。


 もう、次はない。タカさんとともに涙を流した連中には、わかっていたのだ。みんな大人だ。俺だけが子供だった。


 メガキャンは今も解散はしていないが、バンド活動は完全に止まっている。リズム隊のヤッシーとヒューベは、インストバンドのライブやジャムセッションを続けているらしい。ギターのモッチは、オンラインでクリニックを開いたり、有名歌手のアルバムのバックに参加したり。


 ふとググってみると、タカさんはソロキャンプにはまっていた。youtubeチャンネルまで開設しており、その名も「メガキャン・タカのソロキャン三昧ざんまい」。ダジャレかよ!


 ソロキャンの配信以外に、トークや対談、「歌ってみた」動画もある。俺は、その1つをおそるおそる再生した。俺を冷めさせたあのライブから15年。25歳だった俺は40になり、40だったタカさんは55だ。


 曲は最近の人気ポップス。タカさんの声はやっぱり細く、一段とかすれている。改めて切なくなるが、俺の印象は再集結ライブのときとは少し違った。


 すげーな、まだ歌ってんだな。


 一時は30万枚超えのヒットも出した、本格ロックバンドのボーカリスト。


 劣化ヤバい、オワコン乙…… そんな心ない声が飛び交うことも承知で、タカさんはあの日、ステージに立った。そして、今も立ち続けている。俺は、まぶしいスポットライトの外から、指差してわらったようなもの。ファン失格だ。


 次々とクリックしていると、メガキャンの曲のバラードアレンジもあった。


 おっ、オシャレじゃん!


 ソロアルバムを出すべくボイトレに励んでいるというタカさん。曲調によっては、掠れ声がいい味を出している。歌い方を変えたのかもしれない。


 終わってなんかいない。俺が勝手に終わらせていただけだ。俺自身はどうだ? 40にして惑わず、なりふりかまわず新たな一歩を踏み出せるか? 


 思いがけない誕生日プレゼントだった。俺は、感謝と尊敬と応援を込め、高評価ボタンを押した。


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