【No. 027】上野発カシオペア~思い出~
大学生の
ディナータイム。彼らがフランス料理のフルコースを堪能していたところで、電話をかけながら歩いてくる男の姿があった。
「Nじゃない! マイクのM、
まくし立てるように話す男に対し、ヒロキが嫌悪感むき出しの表情を浮かべるも、アルバートはこれを制止。
「2人の再会を願って乾杯」
「ああ、約束だ」
来月イギリスに帰国するアルバートとの思い出作りとして、何年先になるか分からない再会を願いながら、ともにワイングラスを傾ける。
仙台駅と一ノ関駅の間にあるトンネルに差し掛かった頃、アルバートは突如眉根を寄せた。
「今、妙な音がしなかったか?」
「音? いや、トンネルの音ならするけどさ……」
ヒロキが答えた直後、甲高い女性の悲鳴が周囲に響き渡る。
「何だよ、今の声……」
「隣の車両からだ」
アルバートが慌てて席を立つ。ヒロキもその後を追った。他の乗客たちが動揺する中、現場へ向かった2人の前には、廊下で気絶している女性と、扉の向こうには胸から血を流した男性が倒れていた。床にはワイングラスの破片が散乱していた。男の胸元には血で汚れた金色のハンカチが落ちている。
「コイツはさっきの!」
「従業員を呼ぼう。警察も」
「ダイニングカーから人を呼んでくる!」
アルバートはポケットから携帯電話を取り出し、警察に通報した。床に落ちたハンカチに目をやる。
「血だらけだ。ん?」
腰を落とし、注意深く足元を観察する。
「血文字のようだ。J、O、F……もう一つは滲んでいるが、
およそ15分後、地元警察の刑事が到着した。
「チッ、容疑者は乗客と従業員全員か。もう少ししぼれないのか?」
苛立たし気に話す刑事の声で、先程まで気絶していた女性が目をあける。
「ワインを注文されたので、『ルームサービスはスイートルームのお客様が対象です』とお伝えしたのですが、かなりご立腹の様子で」
「持って来たのか?」
刑事の言葉に女性は頷いた。
「はい、おかわりのご注文も受けましたので、お持ちしたのですが、ノックをしても応答がなくて。扉を開けたら……」
「そうしたらこの男が倒れていたわけだな」
刑事が遺体を指さすと、女性は今にも卒倒しそうな勢いで廊下の壁に寄り掛かった。
女性や通報したアルバートの証言を元に、刑事は被害者と事件当時アリバイのない乗客たちの名をメモに書き出した。
被害者。宝石店店長。翌日の昼に開催されるオークションに出展するため乗車
第一発見者及び事件の目撃者。従業員
被害者の部下。部屋で寝ていた
被害者の部下。天野と同室だが、ミニラウンジカーにいた
刑事たちは夏木、天野、斉藤をダイニングカーに集めた。
四人は互いに顔を見合わせ、
「なあ、俺たち疑われているのか?」
「犯人じゃありません」
などと口々に言う。
「うるせぇ! どいつもこいつも。部屋の床に書かれていたダイイングメッセージがさっぱり分からん。J、O、Fに、数字のような変な記号……ありゃ、いったい何だ」
苛立つ刑事を尻目に、アルバートは顎に手を添え考えていた。
「ヒロキだったら、自分の名前を説明する時、相手に何と言う? 例えば、水越の『み』を説明する時――」
「えっ? 俺ならそうだな……みかんの『み』とか。そんなことを聞いてどうす……あっ! あの時……」
それを聞いていた刑事の1人が、
「水⁉ そうか! 警部、そのマークは木星では? 水越氏もそうですが、容疑者にはそれぞれ天体に関連する漢字が入っています。夏木氏は♃《木星》、天野氏は♅《天王星》、斉藤氏は♆《海王星》というように……犯人は夏木氏ですよ」
「おー、でかしたぞ! 夏木美里、お前を逮捕する!」
刑事たちの会話を聞いた夏木は反発する。
「そんな! 私じゃありません! アルファベットをどう説明するつもりですか?」
黙り込む刑事たちをよそに、アルバートが話を続け、手帳に文字を書きだした。
「被害者はあの時、『マイクのM』と答えていた。わざわざアルファベットを使って。J、O、Fは、それと関係があるのかもしれない」
「フォネティックコード。無線通話などで使われている。
刑事は慌てて隣の車両へ行き、しばらくしてから戻って来た。
「滲んでいましたが、数字の2と4が重なっているようにも見えます」
「2と4――これが仮に2文字目と4文字目を指しているのだとしたら、u・i・s・a・o・t。並び替えると――
皆の視線が斉藤へと集まる。
「ちょっと待ってください。僕が何で店長を……ハンカチに書かれた文字だけで僕を犯人呼ばわりだなんて」
「ハンカチ、と言いましたね。私はさっき布と言ったはずですが。しかも、血文字が書かれたのはハンカチの上ではなく、床の上」
アルバートの言葉を聞いた斉藤は目を見開いた。
「なぜ、落ちていたのがハンカチだと分かったのでしょうか。警察、通報したヒロキと私、第一発見者の夏木さん以外に知るはずのない情報だ。それ以外に分かる者がいるとすれば、間違いなく犯人です」
斉藤は懐から拳銃を取り出した。アルバートの方へ銃口が向けられようとした瞬間、床に叩きつけるような大きな音が響く。ヒロキが斉藤を背負い投げしたのだ。床に倒れた斉藤は動揺を隠しきれないでいた。
「これでも一応、柔道の大会で優勝しているからな」
10年後――。
アルバートは再び上野駅にいた。北海道新幹線の開通を控えたのを機に、寝台特急としての役目を終えたカシオペアは現在、ツアーの臨時列車として走行している。当時と変わらぬ姿のままで――。
「来てくれたんだな、ヒロキ」
「もちろんさ。あの時の事件がご縁で警察官を目指したんだ。あの時はしこたま怒られたけどな。『撃たれてたかもしれないんだぞ!』って」
2人から笑みがこぼれる。30代となった彼らは、今も変わらぬ固い友情で結ばれている。
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