【No. 026】上野発カシオペア~2つの再会~

 2012年8月。16時を回った上野うえの駅。数々の列車が停車している中で、ひときわ目をひく銀色の車体――寝台特急カシオペアの姿があった。光り輝く車体をフィルムにおさめようと、鉄道ファンたちがカメラを構えていた。次々にフラッシュがたかれていく光景を尻目に、スーツケースを抱えた男が車内へと足を踏み入れていく。

 目的の部屋にたどり着いた彼は、扉に取り付けられたルームキーに暗証番号を打ち込み入室したが、先客がすでにベッドの上に横になっていた。


「寝るにはまだ早いんじゃないか? ヒロキ」


 ヒロキと呼ばれた青年は、声の主を認めるなりすぐに起き上がった。


「アルバート!」

「この度はお招きいただき、感謝します」


 差し出されたアルバートの手を、ヒロキはベッドの上に正座した姿勢で握った。


「こちらこそ、来てくれて嬉しいよ。未来の伯爵様にとっちゃ、馬小屋みたいなもんだろうけどさ」

「そんなことはない」


 アルバートは室内を見回した。

 1号車にある展望室タイプのスイートルームで、窓が大きく開いた部屋。広いベッドに、2人掛けのソファー……この列車では唯一の部屋だ。

 ガラスの向こう側に見える人だかりを気に留める様子もなく、悠然とソファーに腰を落とすアルバート。


「懸賞で当てたんだって? なかなか当たるものではないだろう。日本での最後の思い出づくりとして、これ以上嬉しいものはない」

「来月にはイギリスに帰るんだよな。大学を出たら、そうそう来れないよな……日本に」


 アルバートは柔らかい笑みを浮かべた。


「いずれまた来るさ。高祖父の遺した日記がきっかけで、日本にはもともと関心を持っていたし、今回の留学で大いに気に入った」


 たわいのない話を2時間ほどしたのち、2人は3号車にあるダイニングカーへと向かった。

 青色と白色を基調としたその空間からは豪華列車の風格が漂う。

 彼らがフランス料理のフルコースに舌鼓を打っているところへ、電話をかけながら歩いてくる男の姿があった。


「Nじゃない! マイクのM、真壁まかべだ」


 まくし立てるように話すその男は、背広のポケットから金色のハンカチがはみ出し、袖から金色の腕時計が顔を覗かせていた。電話を終えた彼は、アルバートたちのいるテーブルから1つ間を置いた席にどかっと腰を下ろす。同じテーブルにいた男性2人に対し愚痴をこぼし始めた。


「耳が悪いんだか知らんが、何度も聞き間違いおって。だいたい、何でお前たちと同じツインの部屋に泊まらなくてはならんのだ。スイートは空いていなかったのか」


 これに対し、向かいに座っていた男性の1人が答える。


「仕方がないですよ。スイートはおろか、この列車自体がとても人気なのですから。部屋が取れただけでもありがたいことです」

「何だ、口答えをする気か?」

「いいえ、そんなつもりでは……」


 ヒロキが嫌悪感むき出しの表情を浮かべると、アルバートは首を横に振る。

 ヒロキは仕方なさそうに牛フィレ肉を口に入れ、車窓へ視線を動かした。徐々に漆黒の闇へと染まっていく風景と比例するように、自らの顔が窓ガラスへと鮮明に映し出されていく。その表情を見て嘆息する。せっかくの友人との旅行なのに、と。それを察知したように、アルバートは手元にあったグラスを傾ける。


「何年先になるかは分からないけれど、2人の再会を願って乾杯」


 彼の笑みを見て、ヒロキの表情がほころぶ。


「ああ、約束だ」


 21時45分。ディナータイムが終わり、パブタイムに突入する。

 再びダイニングカーを訪れたアルバートとヒロキ。2人が軽食とカクテルをお供に会話を続けていた時、隣の4号車では、真壁が部屋でゆっくりとワイングラスを傾けていた。おかわりの赤ワインを注文し、従業員が来るのを待ちながら。

 コンコンコン――。

 気忙しげに鳴らされる扉のノック。


「ようやく来たか」


 真壁が扉を開けると、廊下に男が立っていた。


「何だ、ワインが来たと思って開けてみれば、こんな時間にどういうつも……」

「おや、すぐに気付かれると思ったんですが、意外にそうでもありませんでしたね」

「……何の話だ?」


 苛立たしげに尋ねる真壁を、男は嘲笑した。


「まだお分かりになりませんか? あなたが明日のオークションで出そうとしているブルー・ダイヤの持ち主が誰なのか、ご自分の胸に聞かれてはいかがですか?」


 真壁は目を見開いた。


「お前! まさか……」


 男は上着のポケットから拳銃を取り出した。

 真壁はとっさに持っていたワイングラスを男に向かって投げつける。

 だが、グラスは無情にも男の横を通過し、音を立てて割れた。中身のワインが飛び出し、割れたグラスの破片とともにあちらこちらに散乱する。

 男はなおも嘲笑を浮かべ、銃口を真壁に向けた。


「ようやく思い出してくれましたか。、と言った方が良さそうですね。あのブルー・ダイヤは、姉が親族から譲り受けた物。生活に困窮した姉はしちに入れることにした。あれだけの大きさがあれば本来数百万はくだらない。それをアンタは、姉をだまして!」

「よ、よせ!」


 列車がトンネルの中に入った時、1発の銃声が響いた。

 真壁は床の上に倒れ、胸ポケットに入っていた金色のハンカチを何とか取り出し、傷口を押さえる。右胸にぽっかりと開いた穴からは血が止めどなく流れていた。


「あの世で姉と再会したら、ぜひ謝罪を」


 そう言い残し、男は部屋を後にした。

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