【No. 129】親戚の法事のたびに

 親戚のおばあさんが死んだ時、わたしは小学生になったばかりだった。

 そのおばあさんはお正月にちょっと会う人というだけで、特別に何か話した覚えもあまりなかった。どういう関係のどういう親戚なのかも、わたしは理解していなかった。

 とにかく静かにしていなさいと言われてわたしは静かに座っていた。そうしているうちに、何かの待ち時間になって、なんとなく子供たちで集まって携帯ゲーム機を出して遊び始めた。

 わたしはその頃まだ携帯ゲーム機を買ってもらっていなかったので、二つ上のイトコのお兄さんの画面を横から覗かせてもらっていた。

 そうしているうちにふと、誰かがわたしを指差した。

「こんなやつ知らない。知らない子がいる」と。

 わたしだってあなたのことなんか知らない、と思ったのだけど、体の大きい子に言い返すこともできず、わたしはぽかんとその子を見上げていた。

 わたしの隣のイトコのお兄さんが、間に入ってくれた。「これは俺のイトコだ」「何回か遊んだことがあるから間違いない」と。

 わたしのことを知らない子だと言った子は、わたしの正体がすぐに知れたのが面白くなかったのかもしれない。他の子にも「お前は誰だ」と言ってまわった。

 どこそこの家の子、誰々の子供、誰と誰が兄弟で、そんな言葉が飛び交った。それで結局、みんな親戚だってことがわかっただけだった。当たり前だけど。

 でもここからが当たり前じゃない話だった。

 最後に「お前は誰だ」って言われた子は、わたしと同じくらいの歳の子だった。その子はびっくりしたような顔で言った。

「カヨ」

 誰だと聞いてまわった子は、その名乗りに首を傾けた。それで、周りの子に「どこの家の子か知ってるか?」と聞いた。誰も、そのカヨという子がどの家の子か知らなかった。

「お前、どこの家の子だ?」

 カヨと名乗った子はそう聞かれて、ますますぽかんとした。

「この家の子」

 そのおばあさんの家に暮らしていた親戚の子が、その言葉にびっくりしたように首を振った。それからおずおずと「ばあちゃんの名前はカヨだけど」と言った。

 それでみんな思い出した。確かに今日のお葬式で祭壇に写真が飾られているその人の名前がカヨだったということを。

 その次の瞬間、そのカヨという子はもういなくなっていた。

 みんな落ち着きがなくなって、なんとなく顔を見合わせたけど、どうして良いかもわからなくてまたゲームを再開した。


 そのおばあさんの一周忌で、またそのカヨという子と再会した。

 みんなで並んでご飯を食べるという時になって、わたしの席に誰か他の子が座っていた。

 両親は別の席で誰かと話していた。先に座ってなさい、と言われて席にやってきたのだ。

 わたしが困ってぼんやり立っていたら、隣のおじさんが声をかけてくれた。それでわたしは、自分の名前と親の名前をそのおじさんに伝えた。

 おじさんは席を確認してくれて、どうやら座っているその子が間違っていると気付いてくれたらしい。

「お嬢ちゃん、席を間違ってるよ。どこの家の子だい?」

 おじさんの声にその子が振り向いた。そして、こう言ったのだ。

「この家の子」

 その言葉に、おじさんは困ったように眉を寄せた。

「名前は?」

「カヨ」

 名乗る声に、おじさんはびっくりした顔をした。

「え、いや、でも」

 そうやっておじさんがまごまごしている間に、その子の姿は消えてしまっていた。

 それでわたしは自分の席に座れることになったけど、やっぱりなんとなく落ち着かなくなってしまった。


 そして今でも、そのおばあさんの法事のたびに、そのカヨという子は紛れ込んでくる。名前を聞くと「カヨ」と名乗ってすぐに消えてしまうけど。

 お葬式のときよりも少し大きくなったわたしはその度に、カヨというおばあさんはどんな人だったんだろうか、と思うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る