【No. 065】復讐のローサ・クルエンタ 第Ⅶ章・令和JK編

 夜嵐よあらし帝都遺跡フォルム・ロマヌムを駆ける影二つ。土砂に埋もれた凱旋大路ウィア・サクラを走り抜け、朽ち果てた神殿に宿敵を追い詰めるのは華奢な人影。

 あかき炎の戒めで敵を縛り、泥濘ぬかるみね上げ立ち止まったが、細腕に似合わぬ銀の槍を構え声を張る。


ようやく追い詰めたわ、社交界に暗躍する不死の怪人・サン=メルガル伯爵――いいえ、我が永遠の仇敵、元老院の蝙蝠ウェスペルティーリオ!」


 稲光が照らす濡れた横顔。腰まで届く長髪を血の赤に染め上げ、純黒のドレスを風雨になびかせる令嬢の名は、血染の薔薇ローサ・クルエンタ


「久しいな、ローサ。口語ラテン語セルモ・ウルガーリスの響きなど数世紀ぶりに耳にしたぞ」


 ローブの男が遺跡を見回し不敵に笑う。聖なる炎に手足を封じられながらも、その声色には微塵の動揺もにじんでいなかった。


で、再び貴様とまみえようとはな」

「ええ。この古の帝都と同じく、貴方の栄華もここで幕を閉じる!」


 悲願の成就を前に震えることもなく。疾風かぜの勢いで突き出される少女の槍が、男の心臓をあやまたず刺し貫いた。

 たちまち噴き出る銀色の血に反応し、一際ひときわ強く燃え上がる聖火が男をめ尽くしていく。


「終焉の時よ。お父様を殺した槍と、お母様を殺した炎で、報いを受けるがいいわ!」

「くくっ。帝政期インペリウムの昔、両親の亡骸なきがらすがり泣いていた娘が、よくぞここまでの力を……!」


 どこか得心めいた響きで、男は哄笑わらった。


「だが、もう遅い! たとえ塵まで焼き尽くされようとも……吾輩は既に、黄泉よみがえりの秘術を手にしている!」

「ッ!?」


 少女の見開いた赤い瞳に、業火ごうかに飲まれる悪鬼の笑みが映る。


「空を渡り海を越え……吾輩を形作っていた原子アトムの塵は、何時いつか再び一つに集まるだろう。何時いつかの未来、何処いずこかの地で吾輩は復活する!」

「……ならば、追い続けてみせる。この転生宝珠ゲンマ・レナータエの力で、永劫の時を駆けて!」


 胸元にきらめく古の首飾りを握り締め、少女は灰と散りゆく宿敵に誓う。逃がしはしない――遥かな時の彼方までも追い詰め、必ずこの復讐を果たす!




 ★  ★  ★




「それで、アンタの痕跡っぽい都市伝説を辿って、この時代に転生したってわけ」


 朝の喧騒に面した駅ナカの喫茶店。チェックのスカートから伸びる生脚を大胆に組み、スクールバッグにぶら下げた宝珠を片手で弄びながら少女は言った。

 ポニーテールの黒髪に茶色い瞳。ブレザーの制服をユルく着こなした出で立ちは令和日本のJKに他ならないが、瞳に宿る魂の光は確かにローサその人である。


「ちょっト待っテ。オマエ、日本語うまくナイ?」


 丸テーブルを挟んだ金髪碧眼の男が、片言の発音でツッコミを入れた。


「上手くもなるわよ。病死したこの子の体に入って三年、周りに馴染むために必死に勉強したんだから」

「あァ、その苦労は俺もわかるケド」


 アイスティーの氷をカランと鳴らし、少女は苦笑いする。


「その片言も耳障りだから、ラテン語にしましょ。昔はこれさえ喋ってれば上流には通じたのにね」

「ふむ。今とて英語で通せばよいではないか」

「私が喋れるのなんてシェイクスピア以前の古英語よ。それに、英語だろうとフランス語だろうと、異様に外国語が通じないのよ、この国。未だに表意文字なんか使ってるし」


 聞き慣れない言語で流暢に喋り始めた二人組に、周囲の客達が好奇の視線を向けてはすぐに逸らしていく。


「ま、外人が溶け込むにはラクな社会みたいね」

「うむ。それで貴様、どうするのだ。まだ吾輩に復讐したいのか?」

「それねー。してもいいけど、貴方、住民登録は?」

「外国人在留カードとやらは持たされたが」

「ほら、そんなのどう殺したって足がつくじゃない。私、ここではただの病み上がりの学生なんだから」

「せめてヤクザ者の娘にでも転生していればな」


 熱いコーヒーを一口すすり、男は唇をつり上げた。


「しかし、“血染の薔薇ローサ・クルエンタ”も変われば変わるものだな。昔の貴様なら、後先など考えず吾輩の首筋に食らいついてきたであろうに」

血染めクルエントゥスだからって別に吸血趣味はないけど……。まあ、今の両親を悲しませたくないからね」

「大切にされておるのだな」

「病の淵から生還した一人娘だもの。私が殺人で捕まりでもしたら自害しちゃうわよ、あの人達」


 小さく息を吐いて、少女は話題を変える。


「てか貴方、なんで流行絵師イラストレーターなんかやってんの? 錬金術は?」

「あんな知識、もう何の役にも立ちやせぬ。庶民の子が元素周期表ペリオディカ・メンサを暗唱する時代だぞ」

「あぁ……原子アトムの力で雷を起こす時代に錬金術もないか」

「言葉も通じぬ身で日銭を稼ぐには、絵くらいしかなかったのだ。この国の警句ことわざで言うところの、ゲイワ・ミオ・タクスというやつだな」

「タクスじゃなくて助くタスク。そういや、貴方が残した例の手稿、解読されたってね」

「あんな落書きに愚者共が何世紀も血道を上げおって。時に我が宿敵よ、貴様、進路は決まっておるのか」

「ん? まあ、どっかの大学には行くわよ。今じゃ自由七科アルテス・リベラーレスすらロクに教えてないらしいけど」

猶予期間モラトリアムか。どうせ暇なら、吾輩と一緒に網場ネット絵読物マンガを描かぬか?」

「はぁ!?」

「貴様の物語を吾輩が絵に描き、動絵広場ユーチューブで売り出すのだ。原作者が若い女ともなれば大いに受けるぞ」

「……なんていうか、満喫してんのね、未来を」

「ここがもう我らの『今』だからな。吾輩と組んで世界を手中に収めようぞ」

「何、その大仰なセリフ」

「宿敵の手前、少しは悪者めいたことも言わねばな」


 ドヤ顔とジト目が交錯し、どちらからともなく微笑が漏れた。


「今更だけど、貴方ってそんなに悪い奴じゃないわよね」

「二千年遅いわ。そもそも、貴様の両親を殺したのも吾輩ではないぞ」

「うん……なんとなく気付いてはいたわ。バチカンの公開文書にも書いてあったし」

「カトリクスの総本山まで情報公開の時代か。終末は近いな……」

「あのペテン野郎ノストラダムスの予言も空振りだったらしいし、大丈夫でしょ」


 アイスティーを飲みきってグラスを置くと、少女は軽やかに立ち上がり、再び日本語に切り替えて言った。


「じゃ、あたし学校行くから。走ればギリ間に合うし。ここは払っといてね」

「オイ、漫画の件の返事ハ!?」

「考えとく。気が向いたらインスタにDMするわ」


 自称錬金術師のヘンテコ外人と、自称時を駆けるJKからなるが一世を風靡するのは、この僅か半年後のことである。


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