5月10日 公開分

【No. 064】運命ボタンの掛け違えに気が付くのは何時だって突然

 その日も、やっぱり最初に思い当たった相手だった。


「うっす」


「よっす」


 いつも通り。気も力も抜けた挨拶。コイツとはやっぱりこうでなくちゃ始まらない。


「え、何。まさかもう出来上がってンの?」


「何言ってんの。まだ夜はこれからでしょーに」


「……ダメだこいつ。勝手にどうにかなってくれ」


「えー? さすがにちょっと冷たくない? どうにかしてくれるのはアンタでしょー」


「そんな役目に就いた覚えは無い」


 再会して早々に軽口をたたき合う。そう、まさしくコレだ。やっぱりこうでなくちゃ始まらないのだ。


 互いに就職してからは何となく疎遠ぎみだったまつかわじゅんとは、3年ぶりくらいに連絡を取った。中学からの同級生――いや、本当は小学校から同じだったらしい。『らしい』というのは、小学校の6年間では同じクラスにならなかったからだ。


 しかも面識を持ったのも、くじ引きに外れて嫌々やる羽目になった委員会というオチ。

 ところが作業の合間に適当に話を振ってみたら予想外に反応が良く、それがわりと心地よかった。意外すぎるほどに娯楽的な趣味も合った。何よりも話のテンポ感が合っていた。結局それらが要因だろうか。

 教室では一切関わり合いは無かったが。


 結局志望校もいっしょになり、同じ高校に通い、保健室以外で話す機会が増えていった。学部こそ違えど、大学まで同じだった。基本的にはあたしの愚痴やらのろやらを聞かせるのがメインだったが、あたしの学生時代でいちばんよく話していたのはコイツだったと思う。


「それにしても、久々にお呼びがかかったと思えば、もう飲んだくれてんのか」


「だから飲んだくれてないってば。……っていうかさ、髪切った?」


「知らねえよ。何年も会ってなかったヤツが言うセリフじゃないんだよ」


 ハイボールをあおりながら適当なことを言えば、案の定ツッコミが飛んできた。あたしが知っている長さじゃないから言っただけだ。


 ――ああ、やっぱりラクだ。懐かしさすら覚える居心地の良さ。


「ご注文は」


「えーっと……、ノンアルってあります?」


「こちらからお選びください」


「ども。……レモンサワーで」


 注文するコイツの横顔を凝視する。当然のようにあたしの視線に気付いた。


「何?」


「いつもなら『中ジョッキ』とか言うじゃん。珍しいなって思って」


「別に。そういうときもあるだろ」


「いやいや。無かったじゃん」


 コイツは『とりあえずビール型』の人間だ。少なくとも大学に居る間に何度かあった飲みでは必ずビールだったはずだ。


「どしたの。まさか医者に止められてるとか?」


「違うっての」


「え、じゃあ……この後何か予定あるとか?」


「……予定はない」


「何よ、その中途半端な間は」


 どことなく言いづらそうなことがあるようにも見えた。


「何だよ、何でそんなに気にするんだよ」


「だって今日はわりとしっかり愚痴聞いてもらう予定だからさ」


 言いながらハイボールを煽れば、コイツは苦笑いを浮かべながら訊いてくる。


「また喧嘩したか?」


「……別れた」


「え」


 単純な話だ。破局の愚痴を聞いてもらいたかったのだ。


「4年よ? 4年。女の4年は安くないっつーの!」


 別に何時を切り出したところで4年という年月は安く済むモノではないと思う。ただ、ちょっと思い返しても腹が立った結果、こんな言い方になったというだけだ。


 思えば、大学入学直後にも似た様なことを言って絡んでいたような気もする。


「それをさぁ。アンタがシラフのままじゃ話しづらいってのよ。何かあんの? あるんならハッキリ言いなよ」


 どの口でそんな言い様を――なんて呟きながら、コイツは言った。


「家で待ってるんだよ」


「え」


 その返しは、ちょっと想定外。


「待ってる、って? ん? ペットとか?」


「何でそっちに発想が行くんだよ」


「だったら、……えー? 何だろ」


「まず先にさ、『何』じゃないだろ、そういうときは」


「ん……?」


 考えろ。考えろ、あたし。


「……あ! 『誰?』か!」


「ふつうそうだろ」


「え、誰、誰? お母さんとか来てんの?」


「彼女だよ」


「あー、カノジョさんねぇ」


 なるほどねえなんて言いながらグラスを持つ――。


「……カノジョ!?」


 危うく落っことすところだった。


「……声がデカいんだよ」


 対照的すぎるくらいにコイツは冷静だった。


「え。知らなかったんだけど」


「スマン、言い出すタイミングを見つけられなかった」


 それは、こちらに非が無いとは言えない。サシ飲みのときも、いつもあたしの恋愛系惚気か愚痴まみれでは言い出しにくかっただろう。今更ながら申し訳なくなった。


「……その、いつから?」


「大学卒業と同じタイミングで」


「お付き合いが?」


「いや、同棲が」


「あ、そうだったんだ……」


 ますます驚きだった。そんな素振り一切無かったのに。


「うわ、そしたらコレ余計に言いづらいな……」


「え、何。まだ何かあんの」


 嫌な予感はするが、あたしの口は止まらない。


「プロポーズしたんだよ、この前。彼女の誕生日に」


「……へ」


 とんでもない単語が飛んできた。


「……結果は?」


「成功」


「ぉあ、うん」


「肩透かしリアクションやめれ」


「いや、……おめでとう」


「結局肩透かしなんだよなぁ……」


 タイミングが良いのか悪いのかさっぱり分からないタイミングでノンアルレモンサワーがやってきた。


「ちょ、ちょっと待って。じゃあ、今日のコレって」


「うん。まぁ、迷惑ってことではないけど」


 酸っぱさに顔を少ししかめながら、ヤツは言う。


「お前との関係とか、どういうヤツなのかはしっかりと説明して、『絶対にアルコールは入れない』ってことを誓約して来てる」


 ああ、そうか――。絢也は、しっかり自分の道を歩いていたんだ。『もしかしたら』なんてことを軽率に考えて、空箱を捨てつつここに来る前にドラッグストアに寄ってきたような俗物あたしとは大違いだった。


「愚痴は聞けるから、安心してくれ」


「……ん、サンキュ」



    〇



 正直言って、自分が何を話したのかはほとんど覚えていない。どれだけ飲んだかもわかっていない。


 分かっていることは、アイツがあたしをしっかりと家まで送り届けてくれたことだけだった。

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