【No. 167】さよなら三角、また来て四角

 夕暮れ時の帰り道。一人で歩く帰り道。遠い小山に烏の鳴き声。

 私は何処に居るのだっけ。

 私は何処から来たのだっけ。

 私は何処へ行くのだっけ。


「どうしたんだい、お嬢さん」


 カラコロ下駄の音鳴らし、着流し男がやってくる。男の顔はよく見えぬ。もやがかかってよく見えぬ。


「どうして私は此処にいるの?」

「おやまぁ、相当深く迷ったね」

「貴方はだぁれ? 私はだぁれ?」

「アタシはアタシで、アンタはアンタさ」

「貴方は貴方で、私は私」

「そうさ、ごらんよ。あちらをごらん」

「何だか光っているみたい」

「あれがアンタの帰るみち。二度と迷っちゃいけないよ」


 こくりと頷き歩き出す。光の方へ、真っ直ぐに。

 気付けばいつもの帰り道。早くおうちに帰らなきゃ。

 駆け出す私を見つめる瞳。

 どこか優しくどこか恐くて、けれど何だか懐かしい。


--●--


 夕暮れ時の帰り道。一人で歩く帰り道。遠い小山に烏の鳴き声。

 私は何処に居るのだっけ。

 私は何処から来たのだっけ。

 私は何処へ行くのだっけ。

 

「何だい、随分育ったね」

「どうして私は此処にいるの?」

「一度は偶然、二度目は必然、アンタは誰かに呼ばれたね」

「誰が私を呼んでるの?」

「周りを見たら分かるはず。さぁさ、しっかり見てご覧」

「あっちが明るくなったみたい」

「そうかいアンタはあるじにえ

「贄というのは何かしら?」


 首を傾げる私に笑う。男は嗤う、にんまりと。

 宵闇深く、陽が沈み、月が輝く夜が来る。


 私の服はこうだっけ?

 私の持ち物こうだっけ?

 私の顔はこうだっけ?


 私の腕を何かが引いた。見ても何にも見えなくて。けれど確かに引いている。


「誰かが私を呼んでるわ」

「そうだね、主が呼んでいる」

「だけれど何にも見えないわ」

「主は誰にも見えぬのさ」

「だけれどしっかり引いてるわ」

「主は贄に触れられる」


 贄というのは何かしら?

 頭の中に浮かぶのは、泣いてる女性と泣いてる男性。囲む人々目が恐く、私は逃げたくなっていた。けれど逃げてはいけないと、泣いてる女性が必死に言うの。だから私は歩いてきたの。一人とぼとぼ帰り道。神の元への帰り道。


「何だか分かった気がするわ」

「ほんの少しの記憶があるね」

「貴方に昔、会ったこと、ある気がするのは勘違い?」

「いんや、昔に会ってるよ。アンタが小さい年頃に」

「贄になったら貴方にはこれからずっと会えないの?」

「そうさね、アンタは主のものになるからアタシにゃ会えないね」

「それはとっても寂しいわ」

「平気さ、主と会ったなら、きっとアンタは廻るから」

「廻るというのは何かしら?」

「何にも知らずにいる方が、幸せなんだよアンタはね」

「それじゃあ私、もう行くわ」

「そうだね、そうした方がいい」


 腕を引かれて光の元へ。ずぷり呑まれて溶けていく。くるくる世界が廻り廻って、私は何処へ行くのやら。

 もはや何にも見えないわ。

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