【No. 144】はじめまして、からはじめよう

「そういやお前さんの依頼だが、今朝受注する人が現れたぞ」


 大衆食堂という名にふさわしい、賑やかなテーブルの向かいで大柄な男がどん、と食器を置いて言う。その言葉を聞いた瞬間、俺は緊張で一瞬身体を固くした。


「おいおい。依頼者が今から緊張してどうする。ただ会うだけだろう。元・相棒の兄弟に」

「トランシェンは今でも俺の使い魔だ」


 これは失礼、と男はからかいの表情を少し引っ込める。俺は軽く首を横に振ってから、まだ見ぬ出会いに思いを馳せる。


 トランシェンと別れてからひと月ほどが経過した。魔獣を退ける結界を張るため、洞窟内に残った彼は、時折夢枕に立っては最近見聞きしたことを教えてくれたり、俺の様子を案じてくれたりしている。ほとんど生贄に等しい立場であるにもかかわらず、結界を守る村落の住人達はトランシェンにとてもよくしてくれているらしい。普段の生活にほとんど苦労していないと聞かされて、ほっと胸をなでおろしたものだ。


 そんなトランシェンから、彼の兄弟がどこかにいるらしい、と聞かされたのはつい先日のことだ。曰く、魔獣を追い払う結界の境界線上で、彼の兄弟が戦っているのをたまたま察知したらしい。トランシェンに実の兄弟がいたのは初耳なので、翌朝起きた俺はすぐさま件の結界近くのギルドに赴き、トランシェンから聞いた使い魔の特徴を書き記した依頼文を出した。

 後から考えたら、普通ギルドの依頼というのは山の中に分け入る際の護衛とか、危険な土地に育つ動植物を捕らえてきてほしいとかいうのが普通だから、ただ「会いたい」という待合伝言板のような使い方をするのは変に思われただろう。いざその使い魔を扱う冒険者がギルドに現れたとしても、怪しんでしまうかもしれない。しかし、そうした悩みは取り越し苦労だったようだ。


 いま、俺の目の前に座るギルドマスターは、俺とは旧知の中だ。「トランシェンの兄弟使い魔に会いたい」という奇妙な依頼を、文句を言わずに引き受けてくれた。そのうえ、使い魔の主人が俺の許へ訪れる前に、わざわざこうして知らせに来てくれた。多少からかわれようとも、甘んじて受けるだけの恩がある。


 俺はギルドマスターに礼を言ってから、足早に食堂を後にした。待ち合わせ場所は俺の宿を指定している。宿で依頼用紙を見せたら、主人が俺を呼んでくれる手はずだ。夕方に来て欲しいと依頼文には書いたが、相手はおそらく冒険者だ。午前中にギルドに立ち寄ったなら、午後の依頼をこなす前にちょっと立ち寄ろう位の気持ちでいるかもしれない。ゆえに、なるべく早めに宿に戻っていた方がいいと判断した次第だ。


 ・・・


 宿の主人から呼ばれ、急ぎ足で暖簾をくぐった俺の前に立っていたのは、すらりと背の高い美女だった。肩には濃い灰色の毛並みをもつ、鷹がとまっている。


「君が、トランシェンの兄弟の……」

 思わずそう言いかけて、普通は人間に先に挨拶すべきだと慌てて向き直る。俺を正面から見据えた美女は、その様子をみてにっと笑う。


「あたしとロブストのコンビで街を歩いていて、ロブストの方を先に見る人ははじめて会ったよ。でも、そっか。依頼文からして、使い魔の方に用があるんだもんね」


 美女は冒険者で剣士のサージ、と名乗った。そして相方の使い魔の名はロブスト。毛並みは彼の方がやや色が濃いが、姿形はトランシェンによく似ている。


「確か、なのか? その、ロブストとトランシェンが兄弟だというのは」

 それでも確認のために一応尋ねると、ロブストが大きく片羽を広げた。


「当然だろ? 兄者……トランシェンって呼んでるのか? は、4人兄弟の中で唯一、俺と同じ使い魔になったんだ。おまけにオレより優秀で、落ち着いていて、頼りになる存在だった。忘れるはずがないさ。むしろあんたこそ、オレのことを覚えてないのか? 使い魔を売っている店で、オレと兄者は一緒に並んでいたんだが」


 丁寧に喋るトランシェンとは随分異なる言葉遣いに、俺は目を瞬かせる。おまけに話の内容にも心当たりがない。


「確かに、俺はこの街の近くの魔獣販売店でトランシェンと出会ったが……店内に入ってすぐに、トランシェンしか目に入らなくなったから、他にどんな生き物がいたかすら、よく覚えていない」

「おいおい。隣にいたんだから、オレのことくらい覚えててくれよ。……でもあんた、見る目あるね。気に入ったよ」


 ロブストは羽を畳んだが、代わりに首をぐるりと一回転させる。落ち着きのない使い魔だ。


「サージ、こいつならいいんじゃないか?」

 突然話を振られたサージは、しかし予期していたかのように頷いた。


「そうだね。……ちょっとさ、互いの使い魔の話をしようよ。あたしもトランシェンがどんな使い魔だったのか聞きたいし。優秀だったっていうのは人づてに聞いてるからね。あなたも、ロブストがどんな感じかを知りたくて、あんな依頼を出したんでしょ?」

 サージの問いかけに、俺は首肯を返す。


「ほら、サージって冒険者の中では珍しく女だし、けっこういい感じの見た目だろ? だから、サージのナンパ目的で使い魔探してんのかと思ったけど、あんたと話してる感じ違うみたいだから。俺も兄者の活躍の話を聞きたい」

「ほらね。ロブストもそういってるし。あたしもこのあと数日、予定は入れてないんだ。何か食べながらでも、ゆっくり話そうよ」


 矢継ぎ早に言葉を投げ掛けてくる二人一人と一羽に、うむをいわさず連行される。

 しかし、トランシェンを戦闘使い魔としては使っていなかった俺としても、ロブストがどうやって戦っているのかは興味がある。押しの強い二人には気おされはするが、わずかな会話の中でも息の合う、いいコンビなのだろうと予想ができた。彼らの武勇伝を聞くのは楽しそうだ。

 案外力強いサージに引っ張られるがまま、俺は先ほど席を立ったばかりの大衆食堂へと向かうのだった。

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