【No. 048】蒼穹の葬送【残酷描写あり】
どこかでトンビの声がした。甘やかな香りが漂うのは、何か花でも咲いているのだろうか。
温かく清浄な空気の中、見事に晴れ渡った蒼穹は、黒いヴェール越しにも眩しく感じられる。どこまでも脳天気に澄み渡ったその色を、私はただ茫然と見上げていた。
なんだか誰かさんの瞳にそっくりだ。そう思ったとたんに猛烈に腹が立ってくる。
「姉さん、そろそろ」
袖を引かれて仕方なく、黒衣の人々の列に戻った。着慣れないロングドレスにパンプスは、動きにくいことこの上ない。
目を閉じて横たわった彼の顔は、やはりいつも通りに能天気で、むやみやたらと気持ちが良さそうだ。集まった人々の重苦しい空気とは裏腹に、晴れ渡る空と彼だけがのほほんと、のどかな空気をまとっている。その軽く閉じたままの
「いつまで能天気に寝てるのよ!?さっさと起きなさいよ!!」
波立つ感情のまま、彼の襟首をつかんで力の限り揺さぶった。
「ちょ......っ、姉さん...... いきなり何を!?」
慌ててみなが引き離そうとするが、あるいは渾身の力で振り払い、あるいは身をかわして彼を揺さぶり続けた。
「早く起きなさいよ!!早く!!」
ふと指先に触れた、硬く、冷たく、強ばった感触は、無理やり意識の外に追いやった。
「......早く起きて......っお願いだから......目をあけて……っ」
胸の奥から重く苦々しいものが込み上げてきて、声がつまってしまう。
喉が塞がるような感覚がして、自分でも情けなくなるほど、力のない声しか出なくなってしまった。
「あぁもう、そんな勢いで揺さぶったら、首が取れちゃうよ」
不意に、場違いなほど朗らかで脳天気な声がした。弾かれたように振り仰げば、見慣れた顔がそこにあった。
ふにゃんと気の抜けた、力みのない笑顔。陽光のようにきらめく金髪に、どこまでも澄んだ蒼い瞳。いつもは無性に腹が立つのに、今は魂が震えるほど嬉しい。
「も、もう......何やってんのよ......いつまでも能天気に寝てるから、もう少しで埋められちゃうところだったじゃない」
なんとか笑顔を返そうとして失敗した。胸が痺れて、舌がこわばって、思うように言葉を紡げない。
今の私はなんだか訳の分からない顔になっているに違いない。
「それは仕方ないよ。早く埋葬しないと腐っちゃうし」
「え......?」
あっけらかんと、さも当然のように言い切られた言葉は、音が耳に入ってからその意味が脳に届くまで、ゆうに五秒はかかっただろう。意味がじわじわと脳に浸透するにつれ、全身が冷たく冷えていく。握りしめた手がするりと開いて、彼の身体が棺に落ちた。
「もう、そんな顔しないでよ」
苦笑する彼の指が私の頬に触れそうになって、そのまま何の手ごたえもなく素通りする。
「君が、こんなに僕の死を拒むとは思わなかったよ」
蒼い瞳がかすかに細められ、少し切なげな優しい笑みを形作って私を見つめている。
「もしかして、僕のこと少しは好きだったりした?」
悪戯っぽく微笑んで、とんでもない事を訊いてきた。周りに大勢の人がいるというのに。羞恥で頬がかぁっと熱くなり、反射的に叫んでしまった。
「だ……っ誰が!?何うぬぼれてるのよ……そんな訳ないでしょ!?」
「そっか、それは残念だな」
彼はふにゃり、といつも通りの気の抜けたような笑顔を浮かべた。
「それじゃ、もう行ってもいいね?」
「え……」
それっきり、消えてしまった。
いつも私を包んでいた、明るく澄んだ、軽くて温かくて清浄な空気。
もう、微塵も残っていない。
吸える空気がない。
目線が急に低くなった。
いつの間にか彼を棺に納め直し、新しく掘られたばかりの穴へと運んでいく人々の後ろ姿を仰ぎ見る。
ああ、早く止めなきゃ。あんな暗くて冷たい穴の中にひとりぼっちなんて、彼には似合わないのに。
何とかして前に進もうとするが、手足はただ虚しくもがくだけで、ちっとも彼に近付けない。
手が、脚が、胸が、すべて引きちぎられるように痛くてたまらない。
ああぁぁぁあああああぁぁぁああああああっ
さっきから獣の咆哮のような、耳障りな音がすさまじい勢いで響いていて、うるさくてたまらない。
喉が裂けるように痛くて、びりびりと熱い。
ああ、息ができない。
とっくの昔に滲んでいた視界がとうとう真っ赤に染まり、思考すらも赤く染まり……息苦しさが極限まで達したのち、ついに視界が暗転した。
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