【No. 049】夢の轍に君の影を見る【残酷描写あり】
肩に軽い衝撃があった。
ほんの数年前まで日常だった、馴染み深い感触。
勢いよく振り返ると、記憶の中と違わぬ笑顔がそこにあった。
「よっ、久しぶり」
人好きのする、屈託のない笑顔。少し陽に焼けた顔の真ん中で、白い歯が光っている。
無数の星を孕んで煌めく瑠璃の瞳。弾むような足取りに栗色の髪がさらりと揺れる。
記憶の中で、夢の中で。一目見たいと求め続け、ずっと叶わずにいた姿。
それが今、目の前にある。
「何が久しぶり、だ」
できるだけ呆れたように吐いた言葉に、しかし自分でも思いがけず本音が滲んでしまった。
消息が知れなかった事への苛立ち。
連絡一つよこさなかった事への不満。
そしてようやく会えた事への喜びと安堵。
それらが一体となって悪態となってしまう。
「生きていたなら連絡くらいよこせ」
「悪ぃ。それがちょっと無理でさ」
困ったように笑って彼は頭を掻いた。
二人とも、物心つく頃には親はなかった。
貧しい国で、人々は互いに奪い合うしか生きるすべはなく、部族同士争いあい、踏みにじりあって泥沼の内戦が続いていた。
それが地下資源を狙う某財団の言いなりの政府が仕組んだ罠だと知った時、革命を志すものたちの組織に身を投じたのは自然な成り行きだった。
「自分たちの国は自分たちの手で。大国の金持ちたちの言いなりになって搾取されるのはもうごめんだ」
そんな想いを胸に、戦いに次ぐ戦いの日々を送った。仲間たちは次々と倒れたが、誰一人諦めはしなかった。
国民みんなで手を取り合い、笑いあえる未来を。
そんな夢を抱いて、絶望的な戦いの日々駆け抜けてきたのだ。
彼が消息を絶ったのはそんな戦いの日々のさ中。政府軍にアジトが知られてしまい、部隊ごとに新しいアジトへと移動する途中だった。
自分の隊は密林の中の獣道を這うように進み、生い茂った草に隠した洞窟のアジトに辿り着く事ができた。時ならぬ豪雨が自分たちの痕跡を消したのも幸いした。
彼の隊は小舟で河を渡って上流を目指すはずだったが、強風にあおられて転覆してしまったらしい。
(悪天候になるのはわかっていたのだ。作戦変更を具申すれば)
彼が渡河ルートを選んだのは、主力である自分たちの部隊を確実に逃がす囮となるためだ。彼も本来はこちらの部隊だったにもかかわらず、確実に作戦を成功させるため、囮部隊に志願した。
(せめて、志願した時に引き留めていれば)
あれから何度後悔したか、数える気にもなれない。数少ない生存者がアジトに辿り着いた時には、既に十日近くが経過していた。
(あいつがそう簡単に死ぬわけがない)
そう信じ続けるのは、初めのうちは難しくなかった。
それが一か月、二か月と時間が経つうちに徐々に難しくなり……三年経った今では自分でも信じられないのに、意地を張って口にしているだけになっていた。
(どれだけ心配したと思っている)
この三年間の、この身が引き裂かれそうな不安と絶望の日々を返せ。
つい、口に出しそうになった。
「何が無理だ。俺がどれだけ……」
言いたい事がありすぎて、言葉につまってしまった。
「ごめんな。お前がこっちに来るまでどうしようもなかったんだ」
眉を下げて困ったように言う彼の瞳は少し哀し気だ。
「なに?」
「迎えに来たんだよ、お前を」
「どういう事だ?」
理性が何かを理解したが、心が納得していない。
「お前、さっきまで何してたか覚えてるか? 悠長に喋ってられる状況だったか?」
「あ……」
そう言えば、今は戦闘の最中だったはずだ。
内戦が長引くにつれ、農村部を中心に財団の言いなりの政府に愛想をつかして自分たちを支持する国民が増えた。
政府は見せしめのためにそんな農村を焼き討ちにしようとしたのだ。
それを阻止するために移動中の政府軍を急襲し、乱戦になった。
「お前、奴らが自軍ごと吹っ飛ばした爆撃にやられたんだ」
「な……」
「でも悪い事だけじゃないぜ。政府の奴らももう終わりだ」
「何だと?」
「奴らの手口が外国の新聞社にすっぱ抜かれたんだ。バックについてた財団も手を引くってよ。金がなければ政府軍は身動きできねえ」
「そうか……」
あれだけ続いた内戦も、終わりを迎える時はあっけないものらしい。
「だから俺たちはもうお役御免だ」
「……」
「俺たちの夢の
「もう俺は殺さなくて良いのか?」
「ああ。もう誰も殺さなくていい。殺されなくていい時代が来るんだ」
「そうか。俺たちが流した血は無駄ではなかったんだな」
「そうだ。だからもう行こう。次にたどる輪廻に」
「ああ、俺たちの夢の
辿り着く未来では、もう誰も殺しあわなくて済む世界であるように。
誰もが助け合える世界であるように。
満ち足りた想いと切実な祈りを胸に、俺は彼の手を取った。
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