【No. 114】イシ人形
自動人形は
クォーツ製の人形は心が透き通って、大きな衝撃で傷付きやすいので、特に終末介護に向いている。
主が死んだら一緒に壊れて、後に遺す心配がないからだって。
「もしあたしが先に壊れちゃったら、ご主人様のお世話はお願いね」
紫音の主はあと40年は生きそうな顔をしてるけど、確かに紫音の方はもうボロボロだ。
クォーツ製の人形なんか、若者が買うもんじゃないってのに。
「いいけど、私の鼓動は私の主に合わせてあるからなぁ」
私の主は、紫音の主と同じ職場で働いていた。
だけど耐久性に難があったのか、労働で摩耗して死んでしまった。
おかげで労基の立ち入り調査が入って、まだ生きていた紫音の主達が助かったという話。
「新しい人形を買う方がいいんじゃない?
紫音が壊れたあと、カタログを見て相談に乗ってあげるくらいならできるよ」
その時はクォーツ以外をお勧めしよう。
クォーツ製の人形の耐用年数は20年かそこら。
40年も寿命があれば、最低2体は人形が必要になるので。
ちなみに私達、ジェイド製の人形は頑丈さが売りだ。主が死んでも耐用年数一杯まで稼働する。
「それはそれで寂しいかも」
紫音は首を横に振って、掠れた声で笑った。
「それなら代わりに、紫音は向こうで私の主のお世話をしてよ」
「うん、任せて」
そんな話をした1年後に紫音は壊れた。心臓が真っ二つに割れたんだって。
♦ ♦ ♦
一応、主に紫音の遺言を伝えはしたけれど、結局、紫音の主人は新しい人形を買った。
紫音と同じ、紫がかったクォーツ製の自動人形だ。
一緒にカタログ見ながらアドバイスしてやったのに、全然言うことを聞きやしない。
「よろしく紫音」
名前は同じ紫音。同規格なので見た目も変わらず。
鼓動の早さも前の紫音と同じ。同じ主人に合わせたのだから、それはそうなる。
自動人形が記録する鼓動は心臓の拍数ではなくて、人に固有のナントカ値らしいので。
「よろしくお願いします、先輩」
同期だった初代紫音との唯一の違い。2代目紫音は私の後輩になるらしい。
別に私は紫音の主の人形ではないんだけど。
私の主の遺言で、ここに住んで働かせてもらっているので、一応先輩にはなるのかな。
❦ ❦ ❦
主の鼓動に共鳴して自動巻きするクォーツ製と違い、ジェイド製の人形はゼンマイを手巻きする必要がある。
だから主が死んでも動けるのだけれど、巻き鍵を刺す穴は背中にあるから1人で巻くのは難しい。
「いつもありがとうね、紫音」
「いえいえ。あたしも好きでやってますので」
主が生きていた頃は主に、初代紫音が生きていた頃は初代に、今は2代目紫音にお願いしている。
「別に毎晩じゃなくてもいいんだけど」
「こういうのは巻ける時に巻いておきませんと」
前の紫音も似たようなことを言っていた。
おかげで、紫音が壊れてから2代目が来るまで、私の動力はギリギリ切れずに済んだのだけど。
同じ名前に同じ顔、同じような性格で、同じことを言う。
同じ規格で同じ仕様の自動人形なのだから、特におかしなことはない。
紫音の主も、前の紫音に対するのと同じように、今の紫音に接していた。
同じようにというよりは、同じ相手にするように。
前の紫音しか知らない出来事、今の紫音が持たない記憶の話を、あれは今の紫音にすることもあった。
あれも途中で気付いて、慌てて謝ったりもするけれど、今の紫音はその度に小さなヒビを増やしていった。
「前の紫音さんができたことは、全部やります。
前の紫音さんが知っていたことは、全部覚えます。
だから先輩、今日も紫音さんのことを教えてください」
そうして耐用年数20年の自動人形は、10年少しで壊れてしまった。
♦ ♦ ♦
3代目の紫音がやってきた。
もうクォーツ製はやめたら、と訴えても、紫音の主は笑ってごまかすだけだ。
あれとも随分長い付き合いになるが、そういう態度は気に入らない。
「初めまして、紫音だよっ!」
いくらか高い声に、いくらか低い背丈。
初代や2代目と同じ規格の自動人形は、すでに在庫もなかったそうだ。
材質は同じクォーツ、色味もよく似た紫系。
だけどメーカーすら違うので、顔貌はもちろん、思考の優先順位も違う。
前の紫音のような儚さは無いし、クォーツ製でも強度を重視してるのかな。
従来のクォーツ製自動人形と比べて、2倍の耐久性と、1.5倍の耐用年数を持つんだって。
カタログの隅に開発秘話みたいなのが書いてあった。
「よろしく紫音」
挨拶をして、仕事の説明を始めようかと思ったら、紫音はじっとこちらを見つめている。
「何かある?」
「お名前はー?」
言われて思い出した。
そういえば名乗ってなかったなって。
続けて思い出した。
2代目紫音にも名乗っていなかった。たぶん、壊れるまで一度もだ。
あの子は私の名前も知らなかったかも。
それとも、何かの機会に、主に聞いたりしていたのかな。
「ごめんね。私は
「スイカちゃん! よろしくねっ!」
おまけにもう1つ思い出した。
初代の紫音には、ちゃん付けで呼ばれていたんだった。
「ああ、そうだ。悪いんだけど、ゼンマイ巻いてもらっていい?」
「はいはい、任せてっ!」
この子が壊れる頃には、私もいい加減壊れる頃だろう。
いくら頑丈なジェイド製でも、主を1人と同朋を3人亡くしたら、流石に耐久性の限界だ。
紫音の主は別にどうでもいいけど、3代目が壊れるのは、きっとあれが死んだ時だろう。
だから、あれとも一緒に逝くことになるんだろうな。
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