エキシビジョン作品 6月13日公開分
【Ex- 127】大祭の夜
遠くから沢山の人々が叫ぶ声が聞こえてくる。リズムに合わせて叫ぶ熱気を孕んだ声が波のように近づいては遠ざかり四方から聞こえてくる。時々静かになるが、途絶える事はない。
僕は六畳ほどの部屋に居て途方に暮れている。部屋の隅には仕出し弁当や一升瓶を始め様々な物が転がっている。先ほどまで
傍らには町内会の名前を染め込んだ祭り
だが本当は僕に選択肢はない。目の前には祭り法被を着て紺色の股引きを履いた先輩と従妹が向こうを向いて楽しそうに悪巧み? をしている。ここは、先輩の住処の町内会の人たちの待機所、僕が着替え終わるのを待っているのだ。
「山本くん。早く着替えなさいよ。後ろを向いて待っていてあげているんだから。着方は知ってるでしょ」
「ハルちゃん早くしよ。お神輿行っちゃうよ」
振り向いた先輩の法被のから覗く胸元は白い布が巻かれいつものボリュームはない。見慣れたスタイルでないのはちょっと新鮮かな。いや、いや、僕には関係ない事。従妹の梨香の祭り装束も初めて見るとなかなか可愛い。いやいや、これも絆されると、面倒に巻き込まれ僕の平安な生活が遠のくのだ。
従妹にしつこくせがまれていた仕方なく、監視の為に来ただけの筈なのに、いつの間にか参加する事になっている。
だって、休日の朝早くピンポン連打で起こしに来る上に叔母のお願い電話攻撃では断わる事もできなかった。叔母さんには弱いんだよなぁ。何たって子供の頃のあこがれの人…… これは内緒。面影のある梨香には甘くなるのは仕方ないよな。って、これが自分を追い込むんだ。心を強く持つぞ。
「判ったっすよ。もう」
諦めて手早く着替える。パンツ一丁になって股引きを履く、鯉口シャツを着込んで腹掛をする。町内法被を着込んで帯をきっちりと締めて、地下足袋を履けば準備完了だ。なんだかんだ言って気分が引き締まる。
二人が待ちかねたように僕の手を引く。
「「さあ、いこう」」
外に出れば、祭りの掛け声がひときわ大きく聞こえてくる。様々な人が目に入る。祭り装束、浴衣姿、普段着の洋装、和服姿、ひとひとひと、熱気に当てられそうだ。
日本一の電気街が、人の波は同じぐらいなのにいつもと表情を全く変えて江戸の時代に還ったようだ。
「「「「ソイヤ、セイヤ!」」」」
みんな熱い目を神輿に、
「すごい! 梨香の田舎の祭りよりもずっとすごい!」
梨香が、僕の腕に縋り付き嬌声を上げる。すると、襟首を引っ張られ神輿の傍に連れて行かれた。
「うあ、ああ先輩っすか」
「さあ、山本、担ぐよ」
否応なく担ぎ棒に並ぶ若衆の中に押し込まれた。
「ソイヤ! セイヤ!」
後はもう、勢いに合わせ掛け声を上げて棒を担ぐ、担ぎ棒は重く固く肩を抉る。タイミングが会わないと後ろから
日が暮れる頃には神輿は神社の境内に入り一廻りして担当の町内の分は終わった。
「あー、疲れたっす。肩痛いっす」
むせるような祭りの熱気が残る待機所で壁に寄りかかり休んでいる。
室内には見知った顔も、見知らぬ顔も、皆興奮が残る。数年前に先輩に騙されて参加した時に顔見知りになったおねーさん(だいぶ年上)に声を掛けられた。
「お疲れさん。あー、えっと、大原さんの彼氏さんね。大変だったでしょ」
「彼ではないっす。会社の部下っす!」
誤解されると後が大変なので、力一杯否定しておいた。
「そうなの。大変だねー まあ、一杯」
どういう意味だろう。おねーさんは、紙コップの日本酒を奨めてくる。これを断わると後が怖いのを知っているので、大人しく受け取った。
それからも人は増え続け、明日に備え熱く語る者、疲れて呆けている者、様々だ。
隅で壁に寄りかかって眺めていると先輩が寄ってきた。
「山本くん。お疲れさま」
いつもなら胸にばかり目が行く先輩のスタイルが目を惹く、ぴっちりした股引きの所為で脚の形の良さが強調されて飲んでいたお酒を吹き出しそうになった。
「なーに、慌ててんの。さてはわたしのスタイルに惚れたな」
「いや、そんな事ないっす。いつもの会社の恰好とはだいぶ違うっすけど」
「ハールちゃん。あたしも」
梨香が泡立つ黄色い液体が入った紙コップを持ってくっついてくる。顔がどことなく赤い。
「梨香、お前まだ十八だろ」
「梨香、大学生で大人だもん。十八は大人だよ!」
「だーめ、お酒は二十歳になってから」
「さすが山本くん。固いねー。祭りの
紙コップを手渡される。日本酒が結構入ってる。
「祭りだよ、楽しまなくてどうするの」
変な絡み方さえしてこなければ、尊敬できなくもない先輩なんだけどなあ。女性から迫られるのはどうにも苦手な僕からしたら迷惑なんだ。迫られると安心できない、不安から目を見る事もできなくなるのだ。
空きっ腹に飲み過ぎた。気持ちがふわふわする。僕の腕に身体を預け眠ってしまった梨香の頭をなぜなぜする。僕はこいつが嫌いな訳じゃない。妹みたいで対象として見れないんだ。わざとなのか手ばかりかけられたけど嫌いだった事はない。執着されたから距離を置きたかったんだ。
なのに同じマンションに引っ越してくるなんて、叔母さんはホントに梨香に甘い。叔母さんのバカヤロー。
「ああ、いいな。わたしも」
先輩が梨香の反対側の腕に身体を預けてくる。さらしで整えても胸の弾力は健在だった。
居心地が悪い。
「じゃあ打ち上げに出る人は移動よろしく」
世話役の声と共に部屋から人々が出ていくのを見ていた……
「兄さんそろそろ部屋を閉めたいんだが」
その声に意識が戻る。梨香と先輩も祭り装束のまま僕に寄りかかって眠っている。
「すいませんっす」
慌てて二人を起こして着替えると部屋を後にした。
叔母さん似の笑顔で甘えてくる梨香を断わり切れなくて、僕の部屋で二次会をやる事になった。
想定外だ。
ややこしい事はもちろん何もなかったデス。
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