5月11日 公開分

【No. 068】イタズラにジェミニ

「ああ、そういえばさー……」


「んぁ?」


 夜。そろそろ寝落ちしそうになる頃合い。スマホの向こうでことが何かを思い出したらしい。女子校とのを経て付き合い始めてから半年ほどが経っているが、この日課はずっと続いている。案外話す内容はあるものだ。若干家が遠いのもあってなかなかふたりで逢えないのをコレで補っているという感はあった。文明バンザイ。


「なんかー、ウチの親、近々再婚するんだって」


「……あー、そういや母子家庭だって言ってたっけな」


 このタイミングで言うような内容か――と一瞬だけ思ったが、その疑問もすぐに消えていく。何せ眠い。申し訳ないが睡魔には勝てない。人間、どうやったって三大欲求には抗えない。


「へえ……」


「ちょっとしゅうすけ、起きてる? 聞いてる?」


「聞いてるって」


 一瞬立ち上がって伸びをする。これで眠気が覚めるかといえば、そんな自信は全く無い。


「『おめでとう』……で良いのか?」


「んー……まぁ、そうね」


 複雑なところはあるだろう。そりゃあ俺だって、もしもいきなりそんなことを父親から言われたら、少しは戸惑うかもしれない。何せウチも片親だ。父子家庭というヤツだ。そこまで優等生ではないが、それでも迷惑はかけないようにしてきたつもりだ。だけど大変なことだらけだったはずだ。もし再婚すると言っても、俺は祝福したい――。


「復縁らしいけど」


「ぉあ?」


 何かまたとんでもないことを言われた気がする。


「しかも、向こうにも子供がいるって言っててさ」


「へえ……。え、ってことは、琴音にきょうだいが居たってことか」


「しかも双子なんだってさ」


「げふっ」


「ちょ。だいじょぶ?」


「……何とか」


 ひゅぅっと空気を吸った瞬間、いっしょに唾液の飛沫が気管に突入して来やがった。全く、傍迷惑な。


「いきなり同い年の姉妹が出来るのか……」


「うまく付き合っていけるか心配」


「……まぁ、大丈夫じゃね?」


「他人事だと思ってー……」


「いや、ンなことないって!」


 お前の普段の感じなら大丈夫だろう、たぶん。そんなことを思ってみる。


 ――が、結局、あまりにも衝撃的な展開を見せた話題のせいで俺は寝坊をし、危うく学校に遅刻するところだった。





     〇





「なぁ、鷲介。父さんな、再婚しようと思うんだよ」


「……んぇ?」


 週末、土曜日。ランチタイム。いつもよりちょっとだけ値段層の高い外食チェーンに連れて来られたと思ったら、我が父君は開口一番そんなことを宣った。


「突然だな」


「スマン、言い出すタイミングを計ってたつもりだったんだが」


「そんな漫画みたいなことは良いんだよ」


 それにしても、どこかで聞いたような件だ――って、ああそうか。琴音から聞いてたんだった。


 あの話を聞いて俺は、『父が良いと思った人が居たら、その人といっしょになればいい』と答えると、そう心に決めていた。


 とはいえ、あまりにも突然で、やっぱり今日も中途半端な反応を示してしまい、父は案の定怪訝な顔をした。


「俺は、別に構わないよ。父さんがイイと思ったなら、その人といっしょになればいいよ」


「そうか……」


 安心したらしい。目に見えるくらいにわかりやすく胸をなで下ろした。


「しかし父さん、何時の間に婚活なんてしてたんだ?」


「いやまぁ……そういう馴れ初めっぽい話は、また今度な」


「何でだよ。イチバン美味しいところじゃんか」


「いや……」


 そう言いながら、父さんはチラチラと窓の外を見ながら、時計も気にしている。


 ――何だ、まさか定番めいた『サプライズ』があるというのか。


 ならば、ちょっとその危険は潰しておこう。


「今から、その人が来るとかじゃないよな?」


「エッ!?」


 ――あ、これ、来るぞ。絶対にその再婚相手さんがやってくるぞ。


「お前は察しが良いなぁ、相変わらず」


「父さんがわかりやすすぎるんだ。……で? そのお相手さんと会食って話なんだな?」


「ああ、そういうことだ」


 席から軽く立ち上がって外の様子を伺い始めた。約束の時刻は間もなくらしい。


「ただ、その人だけじゃなくて、……他にも」


「ああ、連れ子さんとか?」


「察しが良すぎるんだよ、鷲介」


「今日くらいはありがたく思ってくれ」


「ありがとう」


 即答だった。悪い気はしない。


 ――と、丁度その時、父さんの顔がパッと晴れた。どうやら外にその人を見つけたらしい。


「ああ、ちなみになんだが……」


「うん」


「お前の、実の母さんにあたる人なんだ」


「ふーん…………は?」


 ――ん? ってことは、復縁?


 あれ、これもどこかで聞いた話のような――。


「やぁ、無事に来てくれて良かった」


「大丈夫よ、失礼ねえ。むしろアナタが方向音痴だから私の方こそ心配してただけど」


「今は、……ほら。鷲介が居てくれてるから」


 うわ、キレイな人……って、この人が俺の実の母親?


 ――とかいう感想は、予想外のスピードで払い除けられていく。


 たしかに、『あれ? どこかで見たような顔だな』と思わなくもなかった。


 もちろんそれは鏡越しに見る自分から感じたモノだったのかもしれない。


 でも、実際は違うんだろう。


「……え?」


「……は?」


 も一応高校生だ。空気を読むくらいは出来る。


 だから、間違っても『どうしてお前がココに居るんだ!?』なんて叫んだりはしない。


 だけど、心の中ではしっかりと絶叫させてもらおう。







(「……何で琴音がココに居る!?」)

 

 

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