【No. 011】お帰り、私の初恋

私の初恋は、小学校五年生の夏休み。

諸事情により私は夏休みの間、お婆ちゃんいる田舎に預けられたの。


山や川ばかりの、へんぴな所。だけどそこで出会ったのが初恋の相手、晃くん。

公園で一人でいた私に、彼は声をかけてくれたのだ。


「君、一人? だったら、一緒に遊ばない?」


日に焼けた健康的な顔で、ニッと笑って見せる彼を見た時、胸の奥で何かが弾けた。


私達はその日から毎日のように一緒に遊んで。退屈だと思っていた田舎での生活は、一気に色付いていった。


けど夏休みが終われば私は帰らなければならずに、晃くんともお別れ。

だけど最後の日。


「私、必ずまた帰って来るから。その時は、一緒に遊んでね」

「分かった、ずっと待ってる。僕、佳苗の事が好きだから――」


走り出すバスの窓から身を乗り出して、交わした約束。

彼の言った『好き』が友達としての好きなのか、それとも私と同じ気持ちなのかは分からなかったけど、とても嬉しかった。


あれから五年。

高校生になった私は夏休みを利用して、再びこの田舎を訪れていた。


晃くんとも連絡を取って、今日は最初に出会った公園で、合わせ中なの。

先に着いた私はドキドキしながら待っていたけど。公園の入り口から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「佳苗! 佳苗だよね!」

「晃くん⁉」


黒く焼けた健康的な肌。サラサラとしたショートヘアーに、猫みたいなつり目。

当時の面影を色濃く残していて、一目で晃くんだって分かった。


けど、何もかもあの頃と同じじゃなくて変わってる所もたくさんある。


スラリと伸びた身長。


あと何だか体のあちこちも、丸みを帯びている。


それに、服装の趣味も変わったみたい。以前はズボンしか履いていなかったけど、今はセーラー服を着て短めのスカートを履き、胸も育っていて……んんっ⁉


「佳苗、久しぶりー。って、どうしたの?」

「あ、あ、晃くんって。おっ、おっ……女の子だったの――――――っ⁉」



◇◆◇◆



「あはははははっ。僕のことまだ男子だって、誤解したままだったんだ」


大口を開けてケラケラと笑う晃くん。その笑顔は昔のままだったけど、今の彼、じゃない彼女は、もう女子にしか見えなかった。


「誤解してるって分かってたんなら、ちゃんと教えてよー!」

「ごめんごめん。何だか言い難くなっててさ。けど今言ったんだから許してね」


ずっと男の子だと思っていたのに、まさか女の子だったなんて。

ああサヨナラ、私の初恋。


「それよりさ、佳苗はこの町、久しぶりでしょ。僕でよければ案内するけど、行く?」

「……行く」


色々と複雑だったけど、女の子だったと分かったところで晃くんの事を嫌いになるわけじゃない。

二人して一緒に、町を回ってみることにした。


「ほら、あそこ覚えてる? よくアイスを買った駄菓子屋だよ。小ぢんまりした店だけど、まだ潰れてないよ」


「そう言えば前に、二人で役場の図書館に行って、一緒に宿題やった事もあったよね」


こんなこんなで昔の軌跡をたどりながら町を散策して、今は河原に来ていた。

晃くんってば裸足になって川に足をつけて、気持ち良さそうに遊んでいる。こういう所は、昔のまんまなんだから。


「そう言えば佳苗は、付き合ってる人っているの?」

「ふえっ!? い、いないよ!」


いきなり話をふられて、変な声を上げる。

私ついさっきまで、アナタにずっと片想いしてたんですけどー。

すると晃くんはホッとしたように「良かった」と言って、じっと私を見つめてくる。


「ねえ、五年前最後に、僕が言ったこと覚えてる? 佳苗の事が、好きだって言ったこと」

「う、うん。覚えてるけど。友達として、だよね」


私はともかく、晃くん女同士って分かったのだから、そうに決まってる。

だけど彼女は、首を横に振った。


「違うよ。驚くかもしれないけど、佳苗は僕の初恋だったんだ」

「へ? う、嘘でしょ。だって晃くんも私も女子だし」

「男子とか女子とか関係ない。好きになったのが、佳苗だったってだけ」

「えっ、ええーっ!?」


不意打ちの告白に焦っていると、晃くんはそんな私を見て、おかしそうに笑う。


「まあ、昔の話なんだけどね」

「へ? も、もう、からかわないでよー」


そうだよね。小学生の頃の恋なんだもの。今はもう続いていなくても、不思議じゃないよね。


けど何故か胸の奥がチクリと痛んだ。

男子とか女子とか関係ない、か。それじゃあ、私はどうなんだろう?


私は確かに、晃くんのことが好きだった。

初恋だった。それは間違いない。

だけど晃くんが実は女の子だって知って、この恋は終わりを告げた……はずだったけど。


晃くんが男の子だから、好きになったんじゃない。晃くんが晃くんだから、好きになったんだ。


どうやら私は、大変な思い違いをしていたみたい。

晃くんが女の子でも、それは恋を終わらせる理由にはならないのだ。

好きになった子がたまたま、女の子だったってだけ。その事に気づいた途端、一度は冷めていた胸の奥が、また熱を帯びてきた。


ど、どどどどうしよう。心臓が急に、ドキドキしてきたよ。

ああ、サヨナラしたはずの初恋が「どうもこんにちは」って、戻って来ちゃった。


お帰り、私の初恋。何とも早い再会だ。


「佳苗? おーい佳苗ー。聞こえてるー?」


呼ぶ声にハッと我に返ると、晃くんが前屈みになって私の顔を覗き込んでいて、あどけない表情にドキッとさせられる。


「あ、あのー。さっきは昔の話って言ったけど、それじゃあ今は私のこと、どう思ってるの?」

「うーん、そうだねえ……大好き、かな。佳苗ってば凄く可愛くなってて、ドキッとしちゃった」

「―—んんっ!?」


そ、それはひょっとして全然、『昔の話』ではないのでは?

と言うか私、もしかしなくても告白されてる?

晃くんもそれが分かっているのか、イタズラっぽくニヤニヤ笑っている。


「せっかくまたこうして会えたんだし、今度はちゃんと本気出すよ。だから、覚悟しておいてね」


まるで宣戦布告でもするかのように言い切った。

これって、ひょっとして両想い? 


だけど頭はこれでもかってくらい熱くなって、今にも倒れそう。とても返事ができる状態じゃなかった。



初恋から五年、高校一年生の夏休み。

どうやら今年の夏も、忘れられないものになりそうです。

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