5月21日 公開分

【No. 109】きみがみつめるもの【ホラー要素あり】


 ――何だろう。何があるというのだろう。


「……」


 先日9歳になったばかりの長男が、ただひたすらにまっすぐ俺を見つめている時間がある。興味深そうに俺の挙動を見ているとか、そういう感じではない。ただじっと、感情もなく凝視しているように見えるのだ。


 時々、『飼い猫が天井の隅の方を見つめているのは何故だ?』みたいな記事が出てきたり、その写真が界隈で広まったりすることもある。だが、それはあくまでも猫だ。動物の類いだ。人間の子供で、そういうことはあるのだろうか。


 何かそういう病気のようなモノがあったりするのだろうかと、少なからず心配にはなる。ところが健康診断などの結果を見ても異常は見当たらないし、学校からのそういった通知もない。本人も、至ってふつうの小学生生活を送っているようだった。


 今日はそんな長男とふたりきり。下の子は妻が美容室に連れて行っている。親子で同時にカットをしてくれるところだそうで、俺は留守番を買って出たという展開だった。


 実子の視線を怖がるというのもおかしな話だが、手持ち無沙汰で視線を逸らすのもおかしな話。俺はダイニングテーブルの上にノートパソコンを広げ、ちょっとした仕事をしている風を装っていた。


「……ぅーん」


 悩む素振り。もちろん考えるのは仕事のことなんかではない。


 ちょっと怖いのは、俺の背後霊を見ているとかいうタイプのモノだ。たとえるなら、ゴールデンタイムの終わり辺りから始まる夏の特番でありがちなタイプのヤツ。


 霊感が強いとか第六感が働くとかそういう軽い次元のモノでは無く、何かサヴァンめいた能力でもってハッキリと視野に捉えているのだったら、それはそれで怖い。背中にまとわりついていて離れないモノがあるが、当事者は気付いていない――なんて、そんなことがあったら困る。


「……ねえ、お父さん」


「ん!? ……ンンッ。どうしたそうすけ?」


 そんな息子に突然呼ばれる。瞬間、唾液を気管にダンクシュートしてしまった。どうにか咳払いをすることで大事は免れて一安心をしながら、擦れ気味担った声で奏介に返事をする。


「ボクってさぁ……」


「うん」


「お兄ちゃんって、居たことある?」


「…………ぇ?」


 思わず耳を疑う。


 奏介の目を見つめる――見つめてしまう。


 危うく引き込まれそうになる。


「ぃ、いや、お兄ちゃんは、居ないぞ? ……というか、奏介がお兄ちゃんだからな。いちばん上のお兄ちゃんだ」


「そう。うん、……そうだよね」


「……なぁ、奏介」


「なに?」


「どうして、そんな風に思ったんだ?」


 努めて、優しい声色で。引きつりそうな頬を、強引に抑え付けながら。


「んー……、何となく?」


 じっと俺の目の中を覗き込むようにしながら、小首を傾げて奏介は言う。


「そっか、何となくかぁ」


「うん。何となくかなぁ」


「そっかそっか。……話は終わりかい?」


 心臓が早打ちの準備を始めている。そうそうに切り上げたかった。


「うん、だいじょうぶ」


「そっか。ごめんな奏介、休みの日なのに、お父さんオシゴトしてて」


「んー……」


 不満気だ。


「あと、……そうだな30分くらいしたらいっしょに遊ぼう」


「いいの!?」


 先ほどとは全然違う、子供然とした目が俺を見つめてくる。


「もちろん。何でもいいぞ?」


「じゃあ、スイッチのスポーツ!」


「……ゲッ、マジか」


 先週も付き合ったが、完全に息切れさせられて自分の体力の衰え具合に焦った。


「まぁ、いいや。……すぐ片付けるから待っててくれな」


「うん!」


 まぁ、言ってしまった手前、仕方ない。それこそ男が廃る。今日の所は奏介に付き合ってへばりきって、そのまま疲れ果てて眠りに就いた方が健康的だろう。





      〇





「……そんな莫迦な」


 ――なぜ奏介は、俺に対してあんな核心めいたことを言ったのか。


 たしかに奏介には、血の繋がった兄は居ない。


 いや、過去にも未来にもあの子の兄と呼べる命は無い。


 もう、無くなったはずなのだ。


 俺はたしかにこの目で、その命が燃え尽きる瞬間を見ていたはずなのだ。




 俺にはかつて――妻と知り合う以前の女に堕胎させた過去がある。




 やはり、奏介はのか。


 あるいは、奏介はのか。




 考えることを止めるなど、許されないのだろう。


 コレはきっと、永劫俺から離れていくことはないのだろう。




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