【No. 060】再会!恐怖のルーワイ四天王〜居酒屋編〜

「あっ、来た。おーい、こっちだぞ――“ルーワイ四天王”がひとり、“無敵氷結のアスイール”!」

「二重引用符ばかり登場しそうな名を居酒屋で叫ぶな。疲れる」


 週末を楽しむ人々でごった返す店内。底抜けに明るい声と、まるで世界の終末を明日に控えたかのような暗い声がぶつかった。


 店の隅のテーブルに詰めた三人の男女の元に、声を裏切らぬ暗い表情をした痩せ男がぬっと顔を出す。


「……変わらないな。お前たち」


 日中の激務を思わせるくたびれたスーツ姿の男は、久々に再会した仲間たちの顔を見ながら席についた。


「お疲れぇー。ブラック企業戦士は大変ねえ」

「キティリアお前、またそんなに酔って……まったく、“妖艶胡蝶”の名が泣くぞ」

「いいじゃないのぉ。今はただの主婦だもぉん」


 甘ったるい声の女はかなりの美人で、ミント色のセーターに包んだ豊かな身体をアスイールにすり寄せてくる。


「家庭を持つ身でそのような行動はどうかと思いまするな、キティ殿」

「うっさい。ガリウンあんた、四天王やってた時はあんなにムッキムキだったのに……今じゃプヨプヨのオタク侍じゃない」


 美女が辛辣な視線と声を投げた先で、それを受け止めたメガネの男がフヒヒと怪しげな声を出した。


「抗えぬ運命さだめでござるな。如何せんこの国は、我ら魔族すらも懐柔させてしまう脅威に溢れておりまする」

「あたしら以上にファンタジーな存在いないわよ。“地底筋肉”の名が似合う頃に戻しなさいよ、身体。モテるわよ」

「興味ありませぬな。我が嫁ならばしかとここに」


 大きな瞳の少女がプリントされたパーカーを愛おしそうに撫でる男を見、キティリアは肩をすくめた。会話が落ち着くと同時に、店員が四人分のジョッキを運んでくる。


「さあて! ついに揃ったな、恐るべき同胞たち? 狂乱の宴を始めようじゃないか」


 ジョッキを一番高く掲げたのは最後のひとり、体格のよい爽やかな青年だった。黒魔術のような刺青を身体中に巡らせていることを除けば、だが。


「さすがは我らが四天王のリーダー、“炎天武闘のメラゴ”! キャー素敵ッ、ファンサしてーッ」

「ライトもご入用か? 拙者ちょうどライブ帰りで」

「マナーをわきまえろ」

「相変わらずだな皆、オレは嬉しい! ささ、乾杯だ!」


 盛り上がる面々を横目にお通しをつついていたアスイールが、珍しくふっと口の端を持ち上げる。


「……こうしていると、本当にただの人間になってしまった気分だな」


 早くも酔いが回ったのかと思われる発言だが、そうではない。彼らは正真正銘、“ルーワイ魔王軍”という悪の軍勢の“四天王”を務めていた猛者たちであった。


「勇者が魔王――ルーワイを討ったと同時に、このへんてこな世界に飛ばされてからもう七年。帰る手段を探す間に、結局馴染んじゃったわよねえ」

「ハハ、そうだなあ」

「あんたアクション俳優だっけ。顔出ししないの? 売れるわよきっと」


 忌憚のない賞賛を受けるも、リーダーである男は静かに首を振った。


「オレたちと同じ境遇の者がいるかもしれない」

「たしかにね。本当のところ魔王だってどうなったか分からないし」

「それは勘弁でござるよ。拙者、あの上司とはもう相見えたくないゆえ」

「ああ、そうだな。あの御方は――いや、アイツはひどい王だった」


 ガリウンの言葉に深くうなずいたのは、目の隈が濃い男だ。


「カリスマ気取りのワンマン運営。町ひとつ攻める費用も考えず命令を発し、自身は魔王城で宴三昧。そもそも城というのがナンセンスだ。調度品の手入れや維持に莫大なコストがかかる……なのにアイツは!」

「そうそう!」


 細腕とは思えない力でドガンとジョッキを振り下ろし、女が鼻息荒く元同僚の言葉を継ぐ。


「“壺の柄が気に入らぬ”とか言ってカチ割ってさあ。掃除にきた悪魔っ娘を部屋に引き込もうとするし、サイテーだったわよね。今じゃ記者会見案件よ、毎日が」

「拙者も“図体ばかりデカくしないで頭を鍛えてこい”とか言われた記憶があり申す」

「うわー何それ、ハラスメントじゃない。今じゃ絶対上司にしたくないタイプね、あの白髪ジジイ」


 そんな仲間たちを見、彼らのリーダーがぽつりと切り出す。


「……今日皆に集まってもらったのは、大事な話があるからなんだ」

「なっ、なんだメラゴ! その顔はまさか――」


 決意を秘めた太い眉を上下させ、メラゴは焼き鳥の串をプッと吐き出す。


「我々の世界に帰る方法が見つかった。つまり“ルーワイ四天王”、再始動の時が来たということだ」

「なっ……そ、そんな! そんなの――」


 キティリアの声と同時、全員がテーブルに影が落ちるほど上半身を乗り出して叫ぶ。


「「「「絶対いやだ!」」」」


 しばらく沈黙が続いたが、結局は全員が腹を抱えて笑った。


「だよなあ! 提案しておいて何だが、オレも帰る気はないよ」

「驚かすな、まったく。これでも今はホワイトな職場で働いてるんだ」

「その発言がすでにブラックくさいですぞ。しかし拙者も、嫁と添い遂げると決めた身にござる!」

「あたしもよ! だってもう決まってんだから、絶対――」


 そう叫んだキティリアが、急にハッとした顔になる。元同僚の男たちは一拍置いたのち、椅子を倒しそうな勢いで立ち上がった。


「こっ、子が生まれるのか!? おめでとう、キティ!」

「あーっもう、そういうの良いから! 恥ずかしい」

「ならば酒はやめろ、今すぐ」

「絶対そう言うと思ったわよカタブツ。安心して、あたしらの体質なら酒も葉酸代わりだって、医者が」

「これはさらに宴が華やぎますなあ……ん?」


 メガネをクイと直し、ガリウンがテーブルの端を指差す。


「誰か、新しいドリンク注文し申した?」

「え、してないわよ。まだあるし」

「……当店からのサービスです。良き報せが聞こえましたので」


 ひとつ先のテーブルを片付けていた店員が、深く引き下ろしたバンダナ頭で会釈する。束ねた長い白髪の尾を引き、妙に体格のよいその男は静かに調理場へと姿を消した。


 差し入れられたドリンクを手に、四人は新たな絆を誓う。



「改めてオレたち四天王……いや純然たる“ズッ友”に――かんぱーい!」 


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