第68話 困惑、号泣


 父さんの「孫を抱くことはないと思っている」って言葉、朝食のあと、学校に向けて自転車で走る僕の心をじりじりと灼き続けた。

 真祖のヴァンパイアだからって、子供を持てないことはないんだろうけど……。


 子供を1人くらいは持ってからヴァンパイアになっても良かったのかもしれないな。でも、そうなると子供もヴァンパイアにしないと、自分の子を看取るのは確実ってことになっちゃう。


 ヴァンパイアになりたかったんだ、僕。そして、その夢はかなった。そこをさ、そこを否定する気にはなれないんだよ。

 ただ、なったあとどうするかって考えが、あまりに足りなかっただけで。


 どうしたらいいのか、どうしたらよかったのか、学校にたどり着くまで間に、僕に結論は出せなかった。




 学校で机に突っ伏して寝ては起こされるって1日を過ごしたあと、僕は瑠奈の家に向けて自転車を走らせる。

 相変わらず日焼け止めはがっつり塗りたくっているけど、陽の光の下でも大丈夫なヴァンパイアに進化できないもんかねえ。

 ぬりぬりすることには慣れても、面倒くささには慣れないよ。


 瑠奈の家の玄関前に、すでに自転車が1台停まっていた。

 もう帰っているらしい。

 門扉についている呼び鈴を1回鳴らして、返事も待たずに上がり込む。

 僕が来るのを瑠奈は知っているし、今さら警戒しあう仲でもないからだ。


 瑠奈は、いつもの部屋でソファに座り込んでいた。

 高校の制服姿のままだ。

 そして、スカートの裾から伸びている焼け焦げて半分かた毛のなくなってしまった尻っぽを抱えて、しみじみと泣いていた。


 ううむ、僕には尻っぽがない。当然のことだけど。

 だから正直に言って、尻尾がなくなる気持ちに対して親身になるってか、同情っていう感情をどう持っていいかわからない。

 頭の毛が燃えちゃったっていうのならなんとなく想像できるけど、それとは違う感情なんだろうね。

 真面目に瑠奈の感じていること想像できないんだよ。


 で、想像がつかないから、なんて声を掛けていいか、そのあとにどう慰めたらいいのかもわからない。

 なんとなくだけど、父さんが「孫を抱くことはないと思っている」って言うまでには、こんな困惑がたくさんあったのかもしれないね。


 仕方ないから、瑠奈の横に無言で座って、そのままよしよしって感じで頭をなでた。

 いつもの瑠奈だったら、結構激しく怒る。

 そりゃそうだ。240歳以上年の差があって、イイコイイコされたら、そりゃむかつくものかもしれない。

 でも、怒っても今よりは僕にも理解できる感情だし、怒る対象が僕になっても感情が外向きになるだけでも今よりはマシだよね。


 そう思ってたんだけど……。

 瑠奈、僕にしがみついてわんわん泣き出してしまった。

 あ、元は狼だし、わんわんは、犬の鳴き声の意味じゃないからね。

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