第4話 母獣、加害者の正体を推理する1


 神父から聞いた話を語った父親に、母親は自分の考えを伝える。


 まず1件目。

 牛を放牧していた娘が、得体のしれない牛ほどの大きさの化け物に襲われた事件。

 その娘は、放牧していた雄牛に守られて、服を破られた程度で無事だった。


「もしもね」

 と母親は言う。

「私が姿を変えて襲っていたのであれば、私も牛と同じくらいの大きさの身体だからね。あんなの、簡単に倒せるよ」

 と。

 もっとも、ここで言う牛は中型種なので、現代のホルスタインに比べれば小柄ではある。


「肉食獣と草食獣が同じ身体の大きさなら、草食獣に勝ち目は絶対ない。

 それから、目撃された大きさの狼がいるとして、それが襲っていたのであれば、人の娘より、より食べでのある牛の方を狙うよ。

 それに、そもそも、狼は単独行動とらないし」

 と続ける。

 さらに、こうも言った。

「人間なんて、大して食べでがあるわけじゃないし」

 と。


 そうなると、消去法で肉食動物を除外していくと、加害者は人間しか残らない。人間の男が、狼の皮を数枚身にまとえば、相当の大きさにはなる。


 犯人が人間だとすれば……。

 「襲う」が意味違いで、情欲に溺れた男がいて、女性を乱暴しようと思ったらという可能性もある。

 小さな村の中だ。

 なにをしてもすぐにバレるのだ。いっそと、人以外に化ける意味はここにある。


 で、バレないように小賢しく、人外への変装を考えるとしたら……。

 フランスでは廃れつつあった狼男ルー・ガルーの伝説にのっかって、狼の皮をかぶって女性を乱暴しようとしたとすれば話の辻褄は合う。


 それだけではない。

 この辺りでは、赤毛の大狼の目撃談がある。ぶっちゃけてしまえば、母親がその姿のときに一度目撃されているのだ。

 その後、獣の姿になることもないので、噂は自然消滅した、だが、変装を考えるのであれば、その時の目撃談も当然加味されるだろう。


 そして、狼の毛皮。これが自宅にいつも幾つもある家と言えば、狩人の家しかない。

 だから、これだけならばすぐに疑惑の目は集中し、この1件目は解決していただろう。


 だが、そうはならなかった。

 疑惑の目が狩人に向いても、彼はすぐに糾弾されることはなかった。


 理由は、2つある。

 1つ目は、狼男ルー・ガルーの伝説は、すでにほぼ廃れつつあったこと。

 現在のフランスでも日本でも、自分を魔女だと公言する者がいたとしても、火炙りにはならない。

 まったく同じように、狼男を自称する人間がいても、イタい人としか見られない状況だったのだ。

 したがって、その当時でも、狼男狩りと村人たちが殺気立つより先に、辻褄の合う証拠集めが優先された。

 2つ目は、そうこうしている間に2件目の事件が起きてしまったこと。


 1件目とは別の女の子が行方不明になり、翌朝、内蔵のほとんどを食われて死んでいるのが発見された。

「これは、おそらく狼によるものでしょう」

 と母親は言う。


 父親もこの言に頷く。

 森に狼はたくさんいるし、人が喰われるのも珍しい事件ではないからだ。

「ただね、2件目の加害者が普通に狼だったからこそ、狩人を捕らえる話が流れた。

 彼を捕らえて閉じ込めたら、村は狼に対して無防備になってしまう」

 母親のこの言は、正しく村の状況を抉っていた。


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