第5話 母獣、加害者の正体を推理する2


 現在、村には旧式のマスケット銃が数丁あるのみ。

 この時代、フランス国内の銃の総数は、予想外に少ない。王の銃士隊ですら、3桁前半に留まる。デュマの描く三銃士が剣ばかりを振り回しているのは、銃がどんな意味でもあてにならないから、なのだ。

 さらに地方では、反乱防止の意味合いもあって、さらに銃は少ない。


 これより200年近く過去の日本の方が、桁違いに多くの銃を持っている。一大名でさえ、4桁もの数なのだ。

 また、まともなライフルであるミニエー銃の開発には、さらに80年近く待たねばならない。この時代、銃とは撃っても当たらない、大雑把なものなのだ。


 ともかく、それらの原始的な銃であっても、そのすべてが狩人のもとにある。

 当然、限られた火薬も弾丸も、だ。

 いくら命中率が低い旧式のマスケット銃でも、火薬の音とその臭いは強烈だ。それだけで、狼を倒さないまでも撃退できる。

 つまり、狩人を捕らえるのは、村として狼に対する武装放棄になりかねない。



 そう話す母親の事態に対する読みに、父親はため息ながらに再度頷いた。

 肉食獣は、狩りのために相手の裏をかこうとして、状況と相手の考えを読む。草食動物しかいない世界では、騙す、疑うという心理は生まれなかっただろう。

 その母親の才能は、普通の人間である父親には及びもつかない。あらためて、それを思い知らされていた。



 母親は聞こえぬよう娘の耳を抑え、表情ではおどけあやしながら、殺伐とした話を続けた。

「狼を退治してくれるのであれば、1件目の女性への乱暴未満の事件は、実害も出なかったからそのまま無かったことにしようって判断もありがちだよね」


 たしかにありそうな話だと、父親は思う。

 基本的に、田舎の生活というのは、事なかれの方向に流されつつ過ぎていくものだからだ。


 なお、被害女性の人権など、この時代であれば言っても仕方がないこと、だ。



「そもそもね、1件目の牛ほどの大きさのある肉食獣がいたら、内臓だけでは満足しないわよ」

 母親のえげつない言葉に、父親は、酸鼻な光景を想像しながらも納得する。


 基本的に、肉食獣は食べ溜めをする生き物だ。

 狩りとは、いつも成功するものではない。だから、獲物が捕れたときは、腐る前に無理をしてでも食べられるだけ食べる。

 牛ほどの大きさの肉食獣がいたとしたら、体重でライオンの3倍を超える。小柄な女の子のちんまりとした内臓のみで足りるはずがない。足や尻、貪える肉はすべて喰ったはずだ。


 結果として、父親も、かなり確度の高い推測ができる。

 加害したのは、歳をとりすぎて、他の狼と行動を共にできなくなった孤狼、はぐれ狼だろう。

 そういう狼だからこそ、歯も抜けまともな狩りもできず、逃げ足が遅く反撃力も弱い人間を襲い、柔らかく栄養価の高い内臓のみを喰らったのだ。

 狼の群れに襲われたとすれば、それこそ手足がばらばらになるまで喰い散らかされていたはずだ。人しての形など残らないほどに。


 母親は続けた。

「今度は、この前提で、狩人の立場になって考えてみましょう」

 と。

 実は、母親も父親も、その狩人が誰かもすべてわかっている。繰り返すが、小さな村なのだ。

 その上で、予断を避けるためにあえてこのように話している。

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