第9話 戦略、戦術


 でも、お姉さまが続けた言葉は、熱情に、いや激情に満ちていた。

「こちらに介入してくると言っている以上、喧嘩は買うのよ。

 そして、買う以上、相手に後悔させるの。二度と隠された叡智に気が向かないくらいね。

 うちはね、ハッタリとデマカセの怪しい組織じゃない。

 C.R.C.の作った、ヨーロッパ全土の文化人がこぞって参加したがった、あの薔薇十字なのよ。

 本当の隠された叡智を持っていて、未だに近代科学の及ばない最先端の領域を守っている。

 組織の目的が慈善と救済でもね、これとそれは別。

 なにがあっても、C.R.C.の名は絶対に汚させない。

 だから、相手の手に乗ったのよ。

 わかった?」

 僕、こくこくって頷いていたよ。


 やっぱり僕、まだ高校生でしかない。

 迫力に勝ててないよ。


 でさ、美人の一番キレイな顔って、笑顔より怒り顔だよね。きりっとして、目がくわって大きくなる。


「ルーナ。

 私があなたに考えを聞いた理由だけど。

 きちんと考えて、覚えておいて欲しいのよ。これから私が話すこともね」

 ……ちょっと雰囲気がマジすぎて怖いよ、お姉さま。


「『火中の栗を拾う』と言ったのはラ・フォンテーヌだった。

 ルーナ、あなたの生まれたフランスの詩人よ。

 そして、一見馬鹿げたその選択をしないと、勝てない戦いもあるの。

 うちの組織、まともに戦えるのは私しかいない。今回、初めてルーナとヨシフミに協力してもらったけどね。

 前に会ったフリッツだって、表の顔は外科医で、それをなげうってしまうわけにはいかない。

 となるとね、私一人だけでは、集団とはまともに戦えないの」

 マジか?

 1人きりって。


「だからね、私自身を囮にして最短時間で最終局面に持っていくのよ。

『火中の栗を拾う』って言葉の元の意味、誰かに危険なことをやらせるって意味だけど、そのとおり私自身が火中の栗を拾わさせられる立場になるのよ。

 結果として、敵の勢力は、私に集中する。そうなってから、ようやく反撃ができる。

 正直言って、このやり方はいつだって厳しいわ。

 でもね、社会的抹殺も含めて、あちこちにいろいろな手を打たれるよりマシなの。

 だから、今回もあえて相手の手に乗ったのよ。

 わかった、ルーナ?」

 

 これには、さすがの瑠奈も返す言葉が見つからないみたい。

「それよりね、今回は……」

 そこまで言いかけたお姉さま、ふいに言葉を切る。

 瑠奈の顔色も、すうっと青白くなった。


 部屋の空気が、張り詰めていく。

 瑠奈が窓際に、お姉さまが廊下側に張り付いた。


 真祖のヴァンパイアでも、ジェヴォーダンの獣に感覚では敵わない。

 音か、においか、なんらかのことを探知したんだろうな。

 

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