第71話 報酬、領収


「さて、と」

 お姉さま、そう言って座り直した。

「報告だけしちゃうから。

 その前にまずは、これ」

 そう言って、お姉さま、紙袋を僕と瑠奈に差し出した。


「中身を確認しておいて」

 そう言われて、ごそごそがさがさと開いてみる。


 わーお。

 札束が10個。

 手が震えるよ。

 僕は人間を超越した存在である、真祖のヴァンパイアだけどさ。にもかかわらず、札束を前にするとこう激しく緊張するのは、まだまだ性根が人間なんだろうね。


 初めて持ってみたけどさ……。

 札束って重いんだね。

「これ、部屋にばらまいて、裸になってその上を転げ回ったらどうだろう?」

「1枚2枚なくなって必死で探し回る、そんな情けないことにならない自信があるならやりなさい」

 ……やめとこ。

 ソファの下とか、じゅうたんの裏とか、必死で覗き込む自分の姿がありありと浮かぶよ。

 探さずに済ませられるほど、僕、人間ができていない。

 いや、だから、僕は人間じゃないけど。


 もー、だから、僕は真祖のヴァンパイアで、人類を超越した存在で……。

 なのになんで、こんなに簡単に一万円札数枚でメッキが剥がれるんだろうね。

 って、メッキじゃなくてムクのはずなのにっ。


「運用に回してもいいけど、扱いには気をつけるのよ。

 お金ってのは諸刃の剣だから。

 なんなら900万は持ち帰って、こちらで運用してあげてもいいけど」

 お姉さまの提案に、僕、思わず胡乱な眼差しを返してしまう。

「母さんに預けたお年玉、一度だって返ってきたことがないんですよね……」

 そう、本当にただの一度だって、帰ってこなかったんだよね。

 貯金しておいてやるとか、預かっておいてやるとか言ったくせにさ。


「別に、信用しろとは言わないわ。

 私もそうなる可能性高いし。

 お母上も、悪気はないけど、同一世帯の同一の財布って考えなんでしょ。私も、薔薇十字の財布で考えちゃうから、返さないかもね」

 ……そんなゆるゆるの経理でいいんかい!?

 てか、それで何百年もやってきたんかい!?


「なんで、非難がましい目で私を見るのよっ。

 3桁億円はあるから、いいじゃないっ。

 きちんと増やしてきてるんだからっ」

「……3桁億円あっても、僕のお金は返さないんですか?」

「返さないんじゃないわ。

 忘れちゃうだけよ。

 大抵は、忘れちゃっている間に、相手が死んじゃうし」

「酷い……」

「私より長生きする相手ってさ、ヨシフミが最初だから、まぁ、また言ってよ。

 思い出せたら返すからさ」

「酷い……。

 経理台帳とかはないんですか?」

「めんどくさー」

 お姉さま、前々から思っていたけど、アンタ、ときどきつくづく酷いよ。

 あ、今回発見したけど、ときどきじゃないな、いつもだ。


「領収書をくださいっ!」

 高校生の僕が自分のお金について、こんな言葉、叫ぶとは思わなかったなー。

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