第19話 初心(うぶ)なヴァンパイア
だんだん不安になってきちゃった。
「瑠奈さん、起きて」
そう声を掛ける。
辺りがあまりに静かなので、僕の声は大きく響いた。
ちょっと焦って、2度目は瑠奈の耳元でささやく。
「そろそろ起きて、瑠奈さん」
僕の膝の上、腕の中の瑠奈は動かない。
やだな、まさかこのまま目覚めなかったらどうしよう?
僕に、医学的な知識があるはずがない。
かといって、「医者に担ぎ込めばなんとかなる」とも思えない。だって、人間じゃないからね。獣医に担ぎ込んだら……。うん、僕、目を覚ました瑠奈に確実に殺されるな。
とりあえず、今の僕にできるのは、ただ、見守ることだけ。
ただ、それでも深刻な事態には感じられないんだ。
瑠奈がこの状態になってからまだ40分くらいしか経っていないし、体は温かく、呼吸は深く規則正しい。
それにそもそも調べた範囲では、安全な薬だったし。
瑠奈を一時的に行動不能にするのが目的であれば、薬量だって少ないはず。
そっと、瑠奈を抱く腕に力を込めて、心臓の鼓動を感じようとする。
さすがに、胸に手を当てる勇気はないよ。
まつげ、長いなぁ。
鼻筋は細く通っている。
唇は桜色。
よく見ないと気がつかないけど、数粒のそばかす発見。
ヴァンパイアの目は、暗くてもよく見えるんだ。
本当に、きれいだよねぇ。
……そこで、僕は我に返った。
近い、近い、近っー!
いきなり、距離感を認識した。
僕はなにをしているんだっ!?
身体を霧化するために、瑠奈からぎゅっとされた。そして、ほとんどそのまま抱きしめ続けている。
僕、瑠奈に告白してもいないし、でもしたことにはなっているし、それでも返事も聞いていない。
いきなり、全身から冷や汗が吹き出す気分になった。
瑠奈からぎゅっとされたときは、あんまり考えている余裕がなかった。
で、なし崩しこんなことになっているけど、実は僕、まだ女子と手をつないだこともなかった。
それなのに、その僕がずっと……。
中身は瑠奈にしても、初対面に等しい赤毛の女の子を抱きしめているんだ。それも、霧化した状態でなく、だ。
一気に落ち着かない気分になったけど、だからって膝の上から放り出すわけにもいかない。いや、放り出したくはないよ。
それなのにこのままでいたら、瑠奈が目が覚めたとき、「アンタ、私になんかした?」とか問い詰められて、殺されるかも。
決めた。
あと30分こうしていて、それでも瑠奈が目覚めなかったら、病院に行こう。
悪いけど、深夜に家を抜け出して散歩をしていたら、道に倒れていたってことにして。
こうなると、瑠奈がいつもの瑠奈の姿をしていないこと、却って好都合だよ。
同級生の女の子ってことになると、言い逃れは不可能だからね。
実はもう一つ、手はあるんだ。
僕が瑠奈の血を吸えばいい。
ヴァンパイアは不死身だからね。瑠奈を仲間にしてしまえば、こんな薬、全然問題ない。
でも、それは最後の手段。
ジェヴォーダンの獣でヴァンパイアって、キャラ立ちがごちゃごちゃするなんて、メタなことも考えちゃうよ。
なるべくなら、このまま目を覚まして欲しいんだよ。
僕だって、お姫様を起こす王子様って柄じゃないんだから。
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