第43話 後悔、乱射


 いまさら言ってもどうにもならない、もしも論と後悔ばかりが全員の頭をよぎる。

 もしもここまでサメに近寄られる前に気がつけば、手榴弾が使えた。

 もしも船を返していなければ、撤収だってできた。

 船から降りるときに、なぜ海中をもっと精査しなかったのか。

 軍用犬に気づかれないよう、船を止めた。気が付かれてもいいから、もっと岸寄りまで船で行けばよかった。

 そもそも敵の軍用犬に気を取られ過ぎ、自分たちの選択肢を自ら狭めてしまったのではないか。

 そして、作戦前に野生動物に襲われるとは、なんと運が悪いのだろう。



 一番岸に近い男の膝を、ざらっとしたサメの肌が撫でた。

 ついに耐えきれなくなった男が、アサルトライフルのトリガーを引いた。

 3点バーストで5mもの巨体は仕留められない。

 だが、フルオートで撃てば、弾倉が空になるまでたったの2秒。


 サメたちは何事もなかったように悠々と泳ぎ、不意にその身を翻した。

 1人の男の腿が、巨大な顎に吸い込まれるように咥えこまれた。

 隣りにいた男が、とっさに銃剣を逆手に持って、渾身の力を込めてその頭に振り下ろす。

 サメは再び身を翻し、悠々と男たちの周囲を回る行動に戻った。


 ぎりぎりで足を失わずに済んだ男は、恐怖で半狂乱になってアサルトライフルのトリガーを引いた。

 敵への恐怖なら耐えられる。だが、喰われる恐怖はそれとは本質的に違うのだ。

 それがきっかけとなって、他の男も一斉にトリガーを引く。

 いかに恐怖の真っ只中でも、最初の男の射撃につられて撃つことはなかった。

 だが、2回目の射撃は違う。

 反撃せねば死ぬ。その焦燥感が生まれているのだ。


 弾倉を交換しながら撃ち続け、サメを牽制し続け、同時に全員で走り出す。

 そして、ようやく、無限に感じられる距離の海水をかき分け上陸に成功した。


 乾いた砂に足がかかると、男たちに生色がみなぎった。

 なおも岸に這い上がってまで男たちを喰おうとするサメに、勝ち誇った男たちはトリガーを引き続け、さらには立て続けに手榴弾を海に放り込む。

 よく考えれば必要のない行動だったのだろうが、あまりの恐怖にすでにその判断ができる者はいなかった。


 すでに、弾の満たされた弾倉を持っている者はほんどいない。

 手榴弾も大幅に数を減らしていた。

 手つかずの状態なのは、サブウェポンの拳銃と銃剣だけだ。


 ようやく安全が確保されたとき、厳しい現状認識とともに興奮が冷めきり、疲れ果てた自分たちを認識する。

 本来ならば、作戦を中止して出直すべきなのだが、船が来るまでの間を凌がないと全滅すらあり得た。


 ようやく上陸に成功したが、これではまともに戦えない。

 これからが本番だというときに……。


 部隊長も、これからの行動を即決できず、迷いに襲われていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る