第58話 煉瓦、足掻
武器を構えていて壁を押さずにいた、まだ体力の残っている男が銃剣を握った。
戦闘における口火を切る役は、判断力を失っていない意思を奪われていない者だったのだ。
先ほどまでの苦闘により、
とはいえ、どうせうまくはいかない。
でも、それでもという抵抗なのだ。
がつがつという音が響く。
銃剣はコンクリートやモルタル用のタガネではない。ロックウェル硬度でみても50そこそこしかなく、鋼としては相当に柔らかい部類のものなのだ。
あっという間に切っ先が欠け、刃が潰れていく。それでも、男は目地に銃剣を打ち込み続けた。
ようやくレンガ一つの周囲の目地を崩し、一見空に浮いている状態にまでした。
目地があった空間に銃剣を差し込み、こじる。
レンガが一つ、男の手に落ちてきたが、はやその銃剣はひん曲がり、戦闘には使えない状態になっている。すでに何度も曲がっては伸ばしを繰り返しているので、今回も力ずくで真っ直ぐにはできるだろうが、そろそろ折れる可能性の方が高い。
男の口から絶望のうめきが漏れた。
レンガは二重に積まれていたようだ。レンガを外したあとは、一面の目地のモルタルが見えた。レンガの長辺と短辺が見えていたから予想はしていたものの、悪い予感がした。
曲がった銃剣でさらに奥の目地を突いていくと、いくらも崩せぬうちに銃剣が折れた。
男の手のひらは血豆ができ、それが潰れて赤いものが滴っていた。
無言で、他の男が替わった。
そして、自動人形のように新たな銃剣で同じ作業をする。
ようやく奥のレンガが見え、それを取り出すためにモルタルの崩す範囲を広げていく。
この男の口からも息を呑む声が漏れた。
奥のレンガは崩す向きに対して縦に積まれていた。更なる苦労が予想できた。
それでも、とっかかりの空間ができていたため、作業はかなり効率的に進んだ。レンガを3つ外し、奥のレンガ積みの目地が見えるところまでこぎつけたのだ。
だが、そこで2本目の銃剣も失われた。レンガの数だけ、こじる使い方の回数も多かったからだ。
3人目の男が、銃剣を握る。
だが、これプラスもう一本で銃剣は終わりだ。
すべての小銃に着剣していたわけではないのだ。
奥に積まれていたレンガを一つ、持ってきたすべての銃剣を犠牲にして外すことができた。たった、たった10cm四方に満たない穴だ。この穴に手榴弾を突っ込んで爆発させても、なにも起きはしない。結局は徒労だ。
こうなることがわかっていたから、壁を押し倒す選択をしたのだ。それが失敗した今、外に出る経路が作れなくてもせめて外が見たい。その思いがこの徒労をさせたのだ。
ようやく奥のレンガを外し、覗き込む。そこにあったのは、みっしりとした密度で積み重なる土だった。
百年ちかくも動いたことのない土は、無言で積み重なった時間の重みを語っていた。
男たちはへたり込み、口も利けなくなっていた。
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