第40話 追返、目撃
他の男たちも、もはや戦う気力などどこにも残っていなかった。
蛇やムカデなら、どれほどの醜態を晒してもまだ言い訳ができた。1年後には笑って話せていたかもしれない。
だがクソツボは駄目だ。
同じように1年後、笑って話せていたとしても、その笑いの種類は異なる。
そして、その種類の笑いで語られるような存在になったら、もはや生きていけない。そういう世界なのは、骨身に沁みていた。
そして今、それなりに尊敬していた兄貴分が、そういう道に堕ちたのをその場で見たのである。
そして、落とし穴はこれで終わりではないかもしれない。
次は自分かも……。
そして、その穴はなにで満たされているのだろうか?
さらに最悪ななにか、かもしれない。
その恐怖が男たちの足と心を縛った。
ようやく上着を脱ぎ、それをロープ代わりにして落とし穴に落ちた3人を救い出す。
もはや、だれも、戦う気力は残っていなかった。
我先に桟橋を走り、船に乗り込むと操縦役の若いもんの頭を小突いて船を走らせ、逃げ出す。
……その翌日。
彼らは更なる窮地に立たされていた。
ムカデに噛まれた傷はどこにも存在せず、蛇に噛まれた傷も存在しなかった。あまつさえ、クソツボに落ちたはずの服ですら汚れていなかった。
翌日、現場を確認に行った者から、落とし穴の痕跡もなにもなかったという報告がされた。
いくら穴は埋め戻せても、蛇とムカデは回収できても、クソツボの痕跡がまったく無くなることはありえない。
結果として、彼らは出入りの場で怯えて逃げ出したとみなされ、メンツも組織内での未来も、全てを失ったのである。
− − − − − − − −
微光暗視装置の中で、威勢のいい素人の集団が、なんの防御も考えないまま桟橋を歩いていく。
武器だけは支給されているようだ。
不意に、素人たちが慌てだした。なぜか、砂浜でクロールを泳ぎだした奴がいる。その人数は3人にまで増えた。
素人たちがなにをしているのか、まったく理解できない。
微光暗視装置ですべては確認できているものの、その行動の解釈ができないのだ。
ついに、全員が桟橋を駆け戻り、船に乗って逃げ出していく。
微光暗視装置を下ろし、偵察に当たっていた全員で顔を見合わせる。誰かに何が起きたか、説明して欲しいのだ。
だが、先任が、全員の視線が島から外れているのに気がついて注意を促す。
2人が監視に戻った。
残りの者たちで意見を出し合うものの、結局、彼らには合理的な説明はできなかった。
唯一ありそうなこととして挙げられた推測は、ここは日本だしニンジャ映画で見た「マキビシ」というものが使われたのではないかということだ。
それを踏んでしまい、痛みのあまり砂浜でクロールすることになったのではないか、と。
だれも、他に妥当な考えも浮かばなかった。
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