第5話 回顧、到着


 僕が呼ぶお姉さま、つまり瑠奈るいなの「お祖母ちゃん」の正体は、1450年にフランスのパリを襲った「パリの狼」の生き残り。赤毛のイベリア狼で、そろそろ600歳になる。でもって、107人も人を食べているらしい。

 そのせいでどこまでも人間に追われる中、魔術的秘密結社の開祖に捕まって、人間の姿に変えられた。

 奪った命の分、贖罪の祈りを捧げるってことになっているらしい。だから、とっても長生き。

 普段は、その開祖のお墓を守っている。まるで、忠犬ハチ公みたいだよね。


 その「パリの狼」の娘が、ジェヴォーダンの獣。

 つまり、瑠奈のお母さん。

 ルイ15世治世下のフランスで、「ジェヴォーダンの獣事件」の中、幼い瑠奈を残して撃たれて死んじゃった。

 瑠奈のお母さんは、人を食べていない。濡れ衣だけ着せられちゃったんだ。


 そして、瑠奈。

 元々のフランス名はルーナ。

 母亡きあと、養蚕家の父親に育てられたお嬢様マドモアゼルだけど、フランスで養蚕という産業が壊滅してしまったので、明治維新後に富岡製糸場のお雇い外国人の1人として、フランスから日本に来た。そして、そのまま居着いちゃったのだ。

 だから、富岡製糸場が世界遺産になったときは、マジで嬉しかったらしい。

 瑠奈は260歳だけど、素で2,000年以上生きる家系だから、人間に相当すれば13歳相当だ。

 つまり、「お姉さま」にしても600歳でもアラサーに見えるの、不思議じゃないんだ。

 


 一方僕は、真祖のヴァンパイア。

 中学2年のときに、自力で真祖のヴァンパイアになった。

 その時の僕が中二病だったのは否めないけど、でも、妄想であったとしても実現させたんだから、そう笑われなくてもいいよね。


 で、外見が中2のまま不老不死になっちゃった結果は、あまりに生き難いかった。

 なんせ、うちは小市民で先祖代々のお城なんてないからね。居場所の確保をするためにも働かなきゃいけないのに、見た目が永遠に中学生のままだから、本当に困ってしまったんだ。

 親だって、せいぜいこの先10年くらいしか頼れないしね。


 でも、「お姉さま」にお願いして、少しは成長できるようにしてもらえた。

 あれから3年経って、僕の外見は順当に高校生になった。

 もう、アルバイトならぜんぜん不自然じゃない。本当に助かるよ。

 もっともまだ、就職しているというと不自然かもだけど。


 一方で瑠奈は、中2のときから変わらず、ほとんどそのまんま。

 2,000年分のうちの3年だからね。普通の人間の尺度だと、2ヶ月も経っていないことになる。学校が夏休みとかの長期休暇に入ると、その休み明けにちょこっとメイクして成長しているように見せかけているけど、基本的に変化はゆっくりゆっくりなんだ。



 それはともかく……。

 僕と瑠奈は、ライトバンの荷台で、自分の体を支えるのに忙しい。

 パトカーとかの目を引かないように、男の人が安全運転してくれてはいるんだけど、車内は車の外から丸見えだからね。できるだけ身を低くしておかなくちゃならないし、ライトバンの荷台じゃ掴まるところもない。

 こうなると、いくら怪力を持つ僕と瑠奈でも、どうしようもない。

 でも、瑠奈と一緒に転げているのも実は悪くないかも。


 で、僕たち、その苦労から、割りとすぐに開放された。

 目的地に到着したんだ。

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