第19話 手術に立ち会うヴァンパイア


 ぬぬーって、笙香しょうかの背から短剣が抜かれる。

 でも、たしかに可怪しいよ。

 血がついてない。


「あのダマスカス文様はね、金属で作られているんじゃないの。

 60,000人もの人間の、生気プネウマが練り合わされて作られている」

 えっ、60,000人も殺したの?

 びっくりして、口も効けなくなる僕。


 僕の表情で、誤解に気がついたお姉さまが説明してくれた。

「いや、さすがにそのために殺したんじゃないよ。

 でも、C.R.C.が中東に行く前の時代、それ以上の規模の虐殺事件があって、その際に開放された生気プネウマを利用した者がいるってこと。

 ともかく、生気プネウマが目に見えるほど実体化されるなんてことは、ほとんどありえないことだし、だからそのような神器の数は極めて少ない。

 あれは、生気プネウマでできた、生気プネウマを制御できる奇跡の短剣なのよ」

 すっごいな。

 値段なんて付けられないんだろうな。って、自分自身でイヤになるほど感想が下世話だ。



「さて、仕上げだ」

 フリッツさん、くたびれ果てたって顔で言う。

「物理的に動く道具は、扱いが楽でいい」

 さらにそう呟きながら、長い針のついた注射器を手にとった。


 アルコールを染み込ませた消毒綿で笙香の背中を広く拭き、目を細めて位置を見定める。

 そして、ゆっくりと針先を沈めていく。

「筋膜通過。

 脊柱起立筋通過。

 腹腔に到達。

 対象臓器に針先が入った」

 そこまで、手応えだけでわかるのか。すごいもんだなぁ。


 教授が「お見事」って呟いた。

 フリッツさん、プランジャーを押して、僕の因子を注ぎ込む。

 これで、この臓器だけがヴァンパイア化する。

 いや、するはずだ。

 結果の確証を得るためには、しばらくしてまた検査するしかない。

 

 すうーっ、って針が引き抜かれた。

 その跡を、フリッツさんが脱脂綿で強く押さえる。


「術式完了」

 僕だけじゃない。

 瑠奈るいなもお姉さまも、大きく息を吐いた。思いっきり緊張していたんだなぁ。

 

 笙香だけが、幸せそうな顔して寝続けている。

 ちょっとだけ、本当にちょっとだけだけど、「コイツは大物過ぎる」って思ったよ。




「ヴァンパイアの因子サンプル、僕にもくれないかな?」

 僕たちと対照的に、全然緊張していたっていう欠片も見せないで、教授がフリッツさんに聞いた。

「どうする、ヨシフミくん?

 教授に渡すかどうかは、君に決定権がある」

 フリッツさん、僕に丸投げ。


 教授、僕に向き直る。

「ヨシフミくん。

 僕は、普段患者と接しない基礎研究医だ。

 でもね。医者の端くれとして、患者には助かって欲しいし、だから今日のこともとても感動している。奇跡だと思うよ。

 今日の立ち会いのこの処置がうまくいくのであれば、その恩恵を他の患者にも広げたい。

 だから、サンプルをぜひ、僕にくれないだろうか?」

「いいですけど、ただ……」

 僕は口ごもる。


「僕の、真祖のヴァンパイアからの因子っていうの、現代の医学で使えるんですか?

 そんなの研究対象にして、教授が他のお医者さんたちから村八分にならないんですか?」

 僕、そう確認せずにはいられなかったよ。

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