第53話 催眠、洗脳


 呆然としている僕にお姉さまが続ける。

「相手が複数の団体だろうから、ヨシフミの手段が効く相手もいると思うよ。

 けど、必ず来るのは、ヨシフミが考えている手が通用しない、薬で壊された人たちだよ。

 その相手への対策を考えないで、2人ともなにを考えているんだか」


 くっ……。

 ぐうの音も出ない。

 たしかにそうだ。そりゃそうだ……。



「あのね、ヨシフミ。

 私が走り去る姿は見せてあげるけど、それは最終的に役に立たないかもしれない。

 殺したくない気持ちはわかるけど、狂信者とか、洗脳されつくしちゃった相手とかは、殺すしかない場合もある。

 まして今回、同士討ちに持ち込んで私たちが直接手を下すわけじゃない場合なら、決断しなくちゃならないこともある。

 ヨシフミ、そのあたり、どう考えているの?」

 さらにそうお姉さまに畳み掛けられて……。


 僕、返事のしようもなくて困ってしまった。

 でも、言い返してみる。

「洗脳なら僕もできます」

 それに対して、お姉さま、再度ため息を吐いた。


「ヨシフミ。

 ヴァンパイアのアンタができる洗脳は催眠術の延長でしょ。

 薬剤を使って、脳の器質を変質させてしまう方法とは似て非なるものよ。

 その違いも認識しないでいい加減な作戦を立てないで欲しい」

 ……ぐうの音も出ない。

 お姉さま、正しい。


 例えばにんじんが嫌いな人がいて、美味しいと感じるように催眠術をかける。

 で、美味しいと感じた記憶があるうちに催眠術を解き、「にんじん食べられたね。おいしかったね」って成功体験から次からも食べられるようにする。

 逆だっていい。「にんじん食べないと怒られる」って恐怖を教える。で、「にんじん食べられたね。怒られないね」って成功体験を与える。これを高速に何度も繰り返すのがヴァンパイアの洗脳だ。

 僕という存在が、人間にとっては恐怖だからこそできることなんだよ。


 それに対して脳の器質を直接変質させる洗脳は、「にんじんは美味しい」と脳内に直接刷り込んで、にんじんに対して美味しくないって判断する機能さえ殺してしまうんだ。永続的な脳機能障害を強制的に起こさせる、恐ろしい方法だ。

 これ、実は僕も使える。

 ただそれは、赤い目で見るのではなく、相手の血を吸うって方法になる。

 それをやったら、相手は人間でなくなって、僕が死ぬまで二度と元に戻らない。


 そういった根本的な方法の違い対して、僕がどこまで対抗できるか……。

 言われなければ気が付かなかった。


 そりゃね、催眠術をずーっとかけ続けることはできるよ。

 現にそうやって、殺し屋の男を今も僕は支配下に置いている。

 でも、そもそも死を喜びと感じるような恐怖を感じない相手に、僕の方法がどこまで通用するか、それはまったくの未知数かもしれないな。


 だめだな、もっと考えないと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る