第54話 上陸、接近


 船は近づく。


 雉島の東海岸はゴロタが連なり、海面近くまで木々が生い茂っている。

 案外岸は浅いため、船は寄せきれない。

 だが、だからこそ奇襲が成立する。


 まだ判断力を保っている2人の男が、5人の男に指示を下す。

 薬物で洗脳されほぼ無反応だった5人の男たちは、ロシアの突撃銃を持たされた瞬間から生き生きとした表情になっている。

 ようやく死ねる日が来たのだ。

 突撃銃の重さは、その実感の重さだった。



 船底が海底の石に当たる。

 船のエンジンが逆進に入った。岸に乗り上げないためである。

 同時に7人の男たちは、突撃銃を濡らさぬように万歳さながらに高く掲げ、船から飛び降りた。


 船は帰っていくが、連絡すれば迎えにくる。

 彼らが海中をたった数歩歩いたところで、海中に黒ぐろとした影が見えた。


 サメだ。

 背びれを海面から出し、彼らの周りをぐるぐると回る。


 彼らはそのまま前進を続けた。

 1人くらいは喰われるかもしれない。でも、その間に他の者が上陸できるではないか。

 喰われた本人は、誰よりも早く死の抱擁を受け「秘密の園」に行けるのだ。

 むしろ、願ったり叶ったりではないか。



 だが、誰も喰われなかった。

 2分後、全員が揃って乾いた大地を踏んでいた。


 こうなると、いささか肩透かしの感がある。

 だが、彼らはそのまま島の西、中央に向かって走り始めた。



 − − − − − − −


 やはり、サメの幻影は効かなかった。

 幻影を見せることはできたようだけど、全然サメを恐れない。

 幻影を見せられないこと、それを一番恐れていた。

 僕の存在が持つ恐怖をもってしても、彼らに対しては自由に行動を制御するほどの催眠術は無理だろう。でも、幻影を見せる程度であれば効いて欲しいと願っていたんだ。


 とりあえず、サメを恐れない相手に落とし穴作戦は無駄。

 なので省略して、相手を引きずりこむ。


 森の中、足を取られながらも走る彼らに、瑠奈がぴたりと追走する。

 お姉さまは待ち受けている。

 さて、上手くいくかどうか、やるぜー。



 − − − − − − − − −


 上陸したあと、彼らはなんの妨害も受けず、島の中央の通路に着いていた。

 まずは島中央の展望台まで駆け上がり、そこからレンガで作られた旧弾薬庫まで駆け下りたのだ。

 なんせ、彼らの仲間は捕らえられていて、昼間来た観光客に見つかっていない。

 つまり、立入禁止の場所にいる。


 もしかしたら移動しているかもしれないが、痕跡を得られればそれはそれで存在が確認でき、彼らの入手した情報が正しいことがわかる。

 あとは朝まで捜索しても狭い島だ。隠れ続けられはしない。


 石組みの切り通しの通路の中央を彼らは進む。

 こういう場所では壁際に張り付きたいものだが、撃たれたときの跳弾まで考えると、中央のほうが安全なのだ。

 弾薬庫から始まり、兵舎までのどこかに仲間がいるはずだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る