第55話 救援、封入
彼らの嗅覚は、ハシーシュの臭いに対し極めて敏感だった。
イヌならぬヒトの身でありながら、臭いによって仲間の位置を突き止め、積み上げられたレンガの封じられた入り口を強引に開き、その奥に隠された新しい扉を見つけ出すまでそう時間は掛からなかった。
耳を澄ませ、扉の奥から聞こえる音に全神経を集中させる。
なんの音も聞こえてこない。
指揮役の2人が指示を出し、扉の蝶番とドアノブの3ヶ所に銃弾を集中させた。
ものの数秒でドアが倒れた。
部屋の中には、ぐったりとした仲間たちの姿があった。
縛り上げられてはいないし、拷問されたような外傷もなく、顔色もそう悪くは見えない。
部屋には照明があるし、簡易な洗面もあるようだ。
彼らは警戒しながら中を覗い、仲間以外の人の姿がないことを確認した。
2人を歩哨として残し、残りの5人で室内に踏み込む。
助けに来た者、来られた者、その中で意思を残している者同士は、日本国内の支所開設の当初からよく知っている間柄だった。
「大丈夫か?
敵はどこにいる?
なぜ逃げなかった?」
返事はない。
ただ、その目は激しくなにかを訴えていた。
その目に、退路への不安がこみ上げ、部屋の入口に向けて振り返る。その視線の先に、部屋の外に残してきた2人の歩哨が立て続けに自分の方に空を飛んでくるのを確認した。
文字どおりの飛ぶ、である。
とっさのことでなにもできず、空を切った2人と絡み合って床に転がり込む。
そして、ようやくその2人を振りほどいて立ち上がったとき、自分たちが入ってきたはずのドアは消え失せていた。
先ほどまで目で訴えていた男が、
「ずっとこれだ。
壁を撫で回し続けたが、出口が見つからない……」
「そこのドアからは出られないのか?」
「トイレだ」
「……なるほど」
部屋の位置関係から、出入り口があった場所はわかっている。
先ずは壁を素手で撫で回してみるが、壁と扉の境目は発見できない。
次にナイフを取り出し、その切っ先を等間隔に壁に打ち込んでみるが、やはり変化はない。
ただ、クロスを貼った向こう側、ナイフの切っ先が返してくる手応えは石のような硬さだった。
小銃を取り上げ、肩に当てたところで「やめろ」と声が掛かる。
「跳弾で怪我人が出るぞ」
……それはそうだ。
この狭い空間で、おそらくはレンガやコンクリの壁に銃弾を打ち込めば、相当に危険なのはわかる。
死を恐れはしないが、不注意で怪我人がでるのは避けたい。
銃を置き、体当たりをしてみようと身構えたところで、再び声が掛かった。
「それも散々やった。
止めはしないが、無駄だ」
「……」
こうなると、実質手がない。
手榴弾もありはするが、遮蔽物のない密室で爆発させたら、壁が破壊されるよりもその破片でこちらが死屍累々となるだけだ。
ただ、明確に言えることがある。
これは幻覚だ。
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