第36話 父さんを母さんが……
「じゃあ、『ほぼ』って、どういう意味?」
「簡単なことだよ。
父さんに命令されたくなかったら、どこか遠くに行けばいい。
声が聞こえない、連絡が取れない場所にね」
「ああ、なるほど」
そりゃそーだ。聞こえない命令には従いようがない。
ここまで聞いて、ようやく僕、父さんと母さんを理解した。
母さんが皮肉屋になったのは、自分で自分の力が使えない腹いせだったのかもしれない。
父さんは、それを理解しているからこそ、母さんの皮肉屋の部分が気にならなかった。
父さんと母さんが、恋人同士みたいな雰囲気でもないのに、ひたすら同志って感じなのも、妙に信頼しあっている感じなのも理解できた。
僕を産む選択をしたのも、きっとこの不思議な力以外の具体的な関係を作りたかったんだろうなぁ。
きっと、父さんが外から見ているよりも母さんのことを大切に思っているのも、運命を感じているからに違いない。
だって、これを特別な関係と言わずして、なにが特別なんだって思うからね。
「さ、言いなさい。
『俺を延命させろ』って、言うのよ!
私が、あなたの心臓を止めないであげるんだから」
「それはできない」
「言いなさいっ!」
「無理。
約束したでしょ。
俺を延命させないって。それはもう、お互いに十代の頃から」
父さん、そう言い放つ。
母さん、父さんの肩を掴んでゆさゆさ揺すりながら、「言いなさいっ!」ってまた強要した。
父さん、力なく頭をがくがくと揺すられている。
死にかけの人に、なんの拷問なんだ、コレ?
でも、絶対父さんは言わないと思う。
たぶん、僕が初めて見る、母さんに対する父さんの拒絶だ。
「言えっ!」
「美子、長生きしろよ」
父さんがついに言ったのは、そんな言葉。
ついに母さん、子供のように泣き出してしまった。でも、そのまま父さんを揺さぶり続ける。
「Besser fühlen」
ぼそっ。
フリッツさんが呟いた。
でも、残念ながら、意味がわからない。
瑠奈の顔を窺うけど、いきなりつぶやかれたドイツ語は、きちんと聞き取れてなかったみたいだ。
「えっ、なに、なに?」
僕の声に、瑠奈、フリッツさんに確認を取る。
そして、束ねた髪を振り回して、くるっと僕の方に向いた。
「……ヨシフミのパパ、回復してきたな、って言ってる」
「えっ?」
確かに言われてみれば、父さんは母さんと口論している。
さっきまで声もまともに出なくて、唇を動かすことすらきちんとできてなかったよね?
まあ、良かったとは思うけど。
父さんと母さん、本人同士は気が付かないまま、どん底に真っ暗な会話を続けている。
ってーか、どんどんヒートアップしてる。
「言いなさいよ、ほらっ!
言えよっ!」
「言わない。
絶対言わないぞーっ!
俺は、このまま死んで切りをつけるんだ!」
「長生きさせろって言えーっ!
私が絶対、心臓を動かし続けてやるっ!」
「死人の心臓だけ動かし続けたって、辛いだけじゃねーか。
言うもんか!」
「うるさいっ!
言えっ!
アンタは言えばいいのよっ!」(ぎりぎり)
……もう、上手く行ったってことでいいよね?
……それにもう、どーでもいいよね?
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