第14話 父さん、もしかしたら……


 たぶん、母さんの言葉に、内心で深く深くため息を吐いていたのは僕だけじゃない。瑠奈もおんなじはずだ。

 音を立てて折れそうな自分の心を、僕は必死で立て直しながら母さんに聞いた。

「あのね、父さんが母さんを好きだってこと以外に、いつも父さんが必死だった理由はなにか考えられる?」


「さあ……。

 でも、私モテたのよ、そのころ。

 きれいで可愛かったみたいだし。

 だから、割りと必死な男子が多かったかも……」

 へなへなって、僕、手術室の前のベンチに座り込んでしまった。


 これが自分の母親でなかったら、僕、肩を掴んでぶんぶん振っていたかもしれない。

 父さんの献身にうすうす気がついているのに、その理由が自分がきれいで可愛かったからだと思って疑っていないあたり、相当にイタいぞ。


 口を利く気が失せ果ててしまって、僕は黙り込んでしまった。

「きれいで可愛いい以外にも、きっとたくさんの魅力があったんでしょうね?」

 と、これは瑠奈。

 めげないなぁ。

 ありがたいけど、同時に母さんの無自覚さにも折れない心を持っている瑠奈がすごいって思うよ。


「えっ、私の魅力!?

 さぁ……。

 犬とか猫だけでなく、蛇とかまで私に寄ってきたからねー」

「そんなに……。

 いつから、そんな動物たちまで集まる事態がなくなったんですか?」

「うーん……。

 高3の頃かなー。

 そう言えば、その頃からお父さんしか言い寄らなくなったわね」

 ……瑠奈、上手に聞き出すなぁ。

 でもって、その時期になんかあったってことだな。


「その頃に、お父さん、あ、あの、ヨシフミくんのお父さんに、なにか変わったことはありましたか?」

「うーん……。

 その頃から、なにかを吹っ切った感じはしたけど……。

 なんか、それから……、そうね、ヨシフミが生まれるまではなんか自暴自棄だったかな。一見普通の人なんだけど、ぎりぎりのところですべてがどうでもいいって考えているみたいな」

「なにか、具体的にそれを感じた例ってあるのですか?」

 瑠奈の問いに、母さん、警戒する風もなく答えてくれる。



「一度ね、2人で春山登山したことがあるのよ。

 そのときに、まだ雪が残っていてね、崩れてきたの。

 雪崩と言うには小さかったけど、でも氷の塊がいくつも落ちてきて、お父さん、私の前に立ちふさがって……」

「すごいですね。

 好きな人を守るってカッコいいです」

「それが違うのよ」

 ……どういう意味だろ。


「死なないのがわかっているっていうか、死んでも構わないというか……。

 お父さんの背中、力強い壁というより、透明に見えて……。

 生きたいって気持ちがない人に見えたの。

 三途の川がないっていうのかな。境界がなくて、簡単に一歩踏み出しちゃう感じ、かな」

「……それは怖いです」

 もしかして父さん、人として見ちゃいけないものを見ちゃったのか。

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