第45話 放投、放棄


 なぜか、敵は撃ってこなかった。

 全員、無事に森の中に駆け込めている。

 せかせかと安全確認がされる。ブービートラップはなかった。そして、ようやく遮蔽物に囲まれている。

 この事実が彼らに与えた安心感は、絶大なものだった。


 たが次の瞬間……。

 兵士たちの1人が、音もなく攫われていた。

 車に撥ねられたような衝撃とともに、彼は駆けてきた砂浜の真ん中に放り戻されていたのだ。


 部隊長は気がつくなり、森の中で部下たちに防御円陣を組ませ、1つのバディを救出に向かわせることにした。

 その命令を口にし終えた瞬間、彼は胴体をなにかに挟まれ、高々と投げ上げられていた。何者にそのようなことをされたのか、彼にはまったくわからなかった。

 急速に近づく地面に、身体を丸めて転がることで衝撃を逃そうとした。だが、背中を強く打ち、息を吸い込むことすらできない。


 必死で首を上げると、先ほど攫われた兵士と一緒に砂浜の真ん中にいる自分を発見した。

 なにが起きたのか、まったく理解ができない。

 それでも、森に戻り遮蔽物の陰に移動し、指揮を取らねば……。


 そこへ、3人目が降ってきた。

 4人目も降ってきた。

 ここで部隊長はようやく理解した。

 森こそが危険なのだと。

 何かがいる。

 でも、その何かを森の中では見ることすらできない。


 部隊長は実戦の経験があった。

 不利な状況からの打開、脱出も経験している。

 だが、どうしたら良いか、なにも考えつくことができなかった。見えない強大な敵に、武装を奪われた状態で戦うというのはハードルが高すぎる。

 しかも、これだけ彼我に差がありながら、まだ誰も殺されていない。

 考えてみれば、自分たちに先行して上陸した集団も誰も殺されていなかった。


 この事実をどう取るべきなのだろう?



 部隊長は、森から砂浜に出て自分のところに集合しろと、ハンドサインを出した。

 

 部下たちが従わない。

 いつもの速さがない。

 無理もないことはわかる。ここまでの事態になっていても、なお遮蔽物に囲まれた森の中は安全という認識を崩せないでいるのだ。

 だが、部隊長はもう一度、強くハンドサインを出し直した。

 ようやく、部下たちがわらわらと駆出し、砂浜の真ん中にいる部隊長のもとに集まる。



 部下たちの疑いの眼差しには気が付かないふりをして話す。

「命令には従え。

 異常事態が起きている。

 敵の目的は我々の殲滅ではない。

 あくまで、我々を監視下に置くことだ。

 現況、彼我の戦力差から、敵の殲滅は困難と判断する。

 私には、全員の生還について責任がある。

 なので、あえて敵の監視下に身を置き、戦闘放棄の姿勢を見せることで身の安全を図る。

 そのためにここに集結した」

 部下たちの目の色は、納得、疑い、不満のそれぞれに色分けされていた。

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