僕の両親の過去

第1話 父、倒れる


 僕、薄い紫色の箱を握りしめている。

 中には、イヤリング。

 白い貝殻の、ではなくて、サファイアとプラチナの輝きがある。

 指輪の方は、まだ先だろうと思って大切にしまい込んできた。


 今日、学校が終わったら瑠奈に渡すって決めている。

 瑠奈、付けてくれるかな。

 なんか、その姿を想像していたら、ちょっと興奮してきた。


 学校が終わると同時に駆け出して自転車にまたがって、瑠奈の家に走る。

 うーむ、瑠奈の自転車がない。

 しかたないから、待たせてもらおう。


 そう思って、門扉の脇で自転車を降りようとしたところで、携帯が鳴った。

 あれっ、父さんの携帯からだ。

 なんだろうと思って、出てみたら母さんの声。


「ヨシフミ、すぐに帰れる?

 帰れるなら、市民病院で待っているから」

 それだけ言って、母さんは電話を切った。


 病院?

 なにが起きたっていうんだろう?

 なんで、お父さんの携帯を母さんが使っているんだろう?

 僕、瑠奈に会えないのが心残りだけど、ペタルを踏む足に力を込めた。



 病院の受付で、母さんは僕を待っていた。

 顔色は蒼白で、指がふるふると震えている。不安というより、怯えに見えた。

 いつもの、息子に対する高飛車ぶりはどこに行ったんだろ?


「どうしたの?

 父さんは?」

「父さんね、今日、背中が痛くて仕方ないから会社を休むって、午後、帰ってきたのよ。

 そして、玄関で倒れた。

 私の力じゃ父さんを車に乗せられなくて、救急車を呼んだの。

 で、今、検査しているんだけど……」

 ……話は、それで終わりじゃなさそうだ。


「まず、聴診器を当てた段階で先生が……」

「心臓?」

「うん」

 まぁ、一聴してすぐわかるってのなら、そしてここまで深刻なんだとすれば、心臓だよね。



 僕、一気にやきもきした焦りに思考を奪われた。母さんのこと、言えないな。

 でもって、大丈夫かな、父さん。

 僕なら、杭でも打たれない限り、「心臓なんて、また生えてくるから大丈夫」って言えるけど、瑠奈たちでさえ言えないよね、そんなこと。


 看護師さんが声を掛けてくれて、父さんのことを待つのに立っててもなんだからと、長椅子のある場所を教えてくれた。

 処置が終わったら、先生から病状の説明があるそうだ。


「かあさん、落ち着いて。

病院にいるってことは、少なくとも生きてるってことだし、今日日、病院にいて即死ぬなんてことはないよ、きっと」

「ヨシフミ、それ慰めにもなっていない」

 その言い方だと、母さん、少しだけでも落ち着いたかな。


 

 僕、自動販売機でお茶を買って母さんに渡す。

 母さん、喉の乾きすら自覚していなかったみたいで、ペットポトル1本をごくごく飲み干してしまう。

 この上、母さんまで倒れちゃ大変だからね。

 こないだの、殺し屋さんたちを閉じ込めておいた経験が役立った。人間は弱い。だから、飲み食いは必ずさせないといけないんだ。

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