第30話 手術完了、眠るヴァンパイア


 うつ伏せに倒れていた僕、ようやく身体を起こそうって気になった。

 だけど、まだ全身の感覚がばらばらみたいで、同じリズムで手足が動いてくれない。

 無理に立ち上がっても、なにもない空間に蹴つまずいて転びそうだ。


 ようやく周りを見回すと、視界の隅でフリッツさんとお姉さまがなにやらにこやかに話をしている。

 視界の中心には、瑠奈るいなが、もとい、瑠奈のパンツがあった。


 あのね、心配してくれたのはわかる。

 でもね、僕の顔の横でしゃがんで見守っていなくてもいいじゃないか。

 目を開けたら、真正面だよ。


「うわっ……」

 驚きのあまり、僕、変な声が出た。

「よ、ヨシフミっ!」

 次の瞬間、僕の声の意味を悟った瑠奈の叫びと攻撃。

 避けようにも、思うように体が動かない。

 凄まじい勢いで降ってくる瑠奈の足が、頭をカバーした腕に当たる。

 くっ、なかなか痛いぞっ。



「おすわりっ」

 お姉さまの声が飛ぶ。

 ぴたっと瑠奈の攻撃が止んだ。

「どうしたっていうのよ?」

「あの……、カクカクシカジカで……」

 と僕、お姉さまに応じる。


 お姉さま、深々とため息を吐いた。

「瑠奈、アンタが悪い」

 これが、お姉さまの裁決。

「見せるのは自由だけど、不慮に見られるのは油断。

 もちろん、ヨシフミが強引に見ようとしたのならば話は別だけどね」

 ふん、ざまーみろー。

 いつだって、僕を蹴飛ばせば話が済むわけじゃないんだからな。


「見せた上で、好きほどオシオキしていたとしたら、それはどうなの?」

 はあっ?

 なに、それ?

「だとしたら、その思惑にのせられたヨシフミが悪い」

 ええっ? そんな言葉だけで判決が変わっちゃうの?


「じゃあ……。

 じゃあ、その思惑は見抜いていたけど、でも視野を塞がれていたわけだからやむを得なかった僕は、やっぱり無罪では?」

 必死で反論する僕。


 瑠奈、しれっと僕に聞く。

「ねぇ、ヨシフミ、何色だった?」

「薄い水色だった」

「しっかり見ているじゃん」

「いや、それ冤罪だっ!

 悪意のない見えちゃった事故なのに、イメージを悪化させる誘導尋問だっ!」

「引っかかる方が悪い。

 いつだって、勝った者が正しいのよ」

「いや、その理屈はオカシイっ!」


「あー、うるさい。

 フリッツと打ち合わせしているだから、ちょっと黙ってくれないかな」

 お姉さまの声。


「ルーナ。

 アンタ、今さらいい歳して、思春期やってるんじゃないよ。

 ヨシフミ、アンタも大喜びで付き合ってるんじゃないよ。

 どっちが悪くても知ったことじゃないけど、うるさいのは両方とも悪い。

 夜までしゃべるな」

 うう、なかなか厳しい。


「黙りますけど、その前に……。

 帰りたいんですけど、体が動かないんです。

 手術、失敗じゃないですよね?」

「失敗だったら、フリッツだって放り出しておかないってさ。

 もう、100例くらいはやってるからね。今さら、失敗もしないよ。

 身体を冷やさないようにしてれば、夕方までに身体の違和感は消えるってさ」

 ああ、それは良かった。


「じゃ、黙ります」

 そう宣言して、僕、うつ伏せのまま、ほっぺたをひんやりした床に乗せる。

 瑠奈が今度は四つん這いで、それでも心配そうな顔して近寄ってくる。

 僕、再び目のやり場に困る。

「胸元っ!」

 必死でささやく。


「メンドクサっ!」

 そう呟いて、瑠奈、姿を変えた。

 子牛ほどの大きさの、狼のような生き物。

 僕をらくらくと咥えあげると、自分のお腹の位置に僕を寝かせる。まるで、狼の授乳シーンみたいな格好だ。

 さらに、ふさふさの尻尾が掛け布団みたいに僕を覆う。


 暖かい。

 瑠奈に優しくされたのって、初めてかな?

 なんか、うれしいって思うのと同時に、強烈な睡魔が襲ってきた。


 瑠奈、おやすみ。

 次は、僕が護るよ。

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