第4話 ヴァンパイアの予行演習


「ふん、さぁ、どうだかな?

 入るぞ」

 と、川本先生。

 大概、失礼だよなー。


「すみません、僕、担当なんで、先に入ります。準備しときますんで、5つ数えたら入ってきてください」

「ふん」

 そう鼻から息を吹き出して、川本先生、腕組みをした。

 僕、顔つきだけは神妙にして、一足先にエリアに入ったよ。

 まぁ、いい。

 ちょうどいい予行演習だ。



 相当に薄暗い。

 で、壁は作ったけど他にはなにもないので、がらんと広い。教室の3分の1弱の広さだからね。

 そして、そこにはすでに、子牛ほどの大きさのジェヴォーダンの獣がこっちを睨んでいた。


 あらためて思うよ。

 大きくてしなやかで、美しくて怖い。

 僕は、その背に身を寄せると、一気に霧になった。



 数秒後、川本先生が入ってきた。

 エリアの即席のドアを、外から誰かが閉めた。

 一気に部屋が暗くなる。


「おい、これがなんだって言うんだ?」

 そう言って数歩、歩く。

 その後ろで、僕、実体化した。


 川本先生、さらに数歩前に進んで、それからやっと僕たちの気配に気がついたみたい。

 びくって、肩がそばだたせられた。

 恐怖で、うなじがちりちりしているはずだ。


 でも、相当に鈍いよなぁ。

 センセ、あんたジャングルだったら狩られて喰われる役だよ。


 ぎぎぎって、ゆっくり首が回って、こちらを向く。

 真っ先に目に入ったのは、巨大な牙だったはず。


 すとんって、川本先生の位置が低くなった。

 腰が抜けたんだ。

 申し訳ないんだけど、「ざまぁ」って思っちゃったよ。

 ま、中学校の先生がさ、自分が学校で猛獣に喰われるってシチュエーションなんて、想定したことがないだろうからね。


 僕の腰ぐらいの高さで、目玉が飛び出ている川本先生の顔に、僕は自分の顔をゆっくりと近づける。

 赤く光る眼、銀色の長い牙、

 さあ、普段は隠している僕の本当の顔だ。


「漏らすな」

 まずは、そう耳元でつぶやく。

 僕の命令は絶対だ。

 そもそもここでおしっこ漏らされたら、誰が掃除すると思っているんだ。絶対、僕なんだからな。瑠奈は絶対に掃除しないぞ。

 ったくもー、最低のマッチポンプだ。


 かくかく。

 かくかく。

 かくかくかくかくかくかくかくかくかくかくかくかくかくかくかくかく。

 川本先生、必死で頷いている。

「立って、ここから出ていってください。

 もう、ツマラナイことを言うんじゃありません」

 さらにつぶやき足す。


 先生、ほとんど膝立ちのまま、四つん這いを織り交ぜて駆け出していった。

 器用なもんだなぁ。



 で……。

 僕と瑠奈、中途半端に人間に戻ってから、後を追った。


 川本先生、展示エリアの真ん中で、真っ青になって震えていた。

 で、クラスのみんながそれを取り囲んでいる。

「先生、どうでしたか?

 コウモリの翼を付けた僕と、尻尾を付けただけの内川さんですよ。

 怖かったですか?」

「ひあっ!!」

 あーあ、声が裏返っちゃったよ。


「やだなぁ、単なる広い空間で、想像力が増すようにしてやると、人はススキだって幽霊に見えることの実証なんです」

「ほらほら、尻尾尻尾!」

 瑠奈がそう言って、(実は自前の)尻尾を体の前に回して、両手で振ってみせる。なんか、めちゃくちゃ可愛い。

 僕も、(実は作り物の)背中のコウモリの翼をぱたぱたと動かす。

 瑠奈と同じことができるかと思ったら、できなかった。中途半端に翼を生やしたら、腕がなくなっちゃったんだ。だから、黒いビニール傘を切って作ったんだよ。

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