第32話 父さんの枕元で


 いくらなんでも、こういうことに即時性は期待していない。

 ゴムチューブの外で、リリスが父さんの魂の代わりに受け取ってくれるって気にならないと、話は始まらないからね。


 とりあえず……。

 お姉さまが、2人の元殺し屋の聖人を連れて病室から出ていった。

 とんでもない美人と髭と顔の濃い男2人は、病院内でもさぞや目立つだろう。

 そのあたりは、ま、上手くやってもらうしかない。

 でも、髭と顔の濃い男2人が身にまとう雰囲気は、神々しく暖かく、ここに入ってきたときの胡散臭さは微塵もなくなっていた。すれ違う人からは、医療関係者とかに見てもらえるかもね。


 フリッツさんは病室に残ってくれた。

 母さんに対しての説明を、でっち上げる必要があるからね。


 僕、母さんに電話をする。

「どうしたん?

 ドイツから来た先生、もう病室に来てくれているよ。

 すれ違っちゃった?」

 ってさ。

 自分でもまあ、白々しとは思ったけど。


 そしたら母さん、病院の入口から全速力で駆け戻ってきた。

 エレベータの中でさえも走っていたかも。

 僕のヴァンパイアの鋭敏な耳には、エレベータのドアが開くと同時に足音がぐいぐい近づいてくるのが聞こえたからね。


「……はあはあ。

 ヨシフミの母でございます。

 いつも、お世話になっております。

 ぜえぜえ」

 母さん、そこまで焦らなくても……。

 気持ちはわかるけどさ。


「で、先生、先生。

 うちの夫なのですが……」

 って、母さんが必死で話しかけるけど、フリッツさんは、きょとんとしてる。

 日本語わからないもんね。


 そこで瑠奈が、翻訳を買って出てくれた。

 瑠奈がフランス語に、そしてフリッツさんはフランス語はなんとかわかるって感じ。お姉さまがいれば、ダイレクトにドイツ語に訳せるんだけどね。


 母さんも、瑠奈が喋っているのが英語じゃないのはわかるんだろうね。まったくわからない言葉に、やきもきしているのがわかる。

「若いときに、相当無理をされたようですね、って」

 ようやく、瑠奈が翻訳して一言。

 でもって、母さんの焦りが伝染して、妙な早口になってる。


 母さんがいろいろと食いついて、マシンガンみたいに話しだしたのを僕、止めたよ。

「母さん、焦ってもダメだから、座ってゆっくり話を聞こう。

 きちんと理解しないとだめだよっ」

 って。

 気持ち的には、羽交い締めにしてる感じだ。


 母さんも少しは自覚があったらしい。深呼吸を2回して、パイプ椅子に座った。

 フリッツさんにも椅子を勧めたけど、レディを立たせておくわけには行かないからって、フリッツさん、瑠奈に椅子を勧めた。

 で、僕はもう2つパイプ椅子を持ってきて、全員で座って、ようやく話す体勢が整ったよ。

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