第8話 父さん、僕にはタイマーが見えるよ


 僕、母さんが病院に戻るのと入れ違いに、父さんの病室を出た。

 家族で揃って……、僕はどんな顔をしていたらいいのかわからなかったからだ。

 それに、否応なくタイマーが頭の中でちらついたからね。

 そのタイマーは、刻々と残り時間を減らしていく。

 僕、耐えられないよ。


 いつもどおり、母さんに嫌味を言われたりしながらも、僕は気楽に生きてきた。そのほぼ全てを、僕はもうすぐ失うんだ。

 せめて、今日だけは切り替えるための時間として使いたい。

 でないと、泣いちゃいそうだよ。切り替えられたら、その日までいつもどおりに演技して生きていく。でも、今日だけは許して欲しいよ、僕。


 僕、ゆっくりと来た道を戻っていた。

 なんかさ、家に真っ直ぐには帰りたくなかったんだよ。きっと、家の居間にもでっかいタイマーが見えるだろうからさ。

 で、そうなると、僕が行く先は瑠奈のところしかない。

 自転車をゆっくりゆっくり漕いで、瑠奈の家の前にたどり着く。


「どうしたん?」

 玄関の前にいた瑠奈に、声を掛けられた。

「いや、あの……。

 ごめん、泣きそう」

「おいで、ほら。

 ヨシフミ、一度来たのに、なんで帰ったのかなって思っていたよ。

 だから、戻ってくるかもと思って待っていたんだ」

 ああ、僕のにおいがしたのか。さすがはイヌ科イヌ属。

 そして、待っていてくれてありがとう。

 僕、瑠奈の「待っていた」って言葉に、どれほど救われただろう。


 瑠奈の家の居間。

 僕、ソファに身を沈めて、頭を抱えた。

 ここでなら泣いてもいい。不条理を恨んでもいい。運命というものに対して、あまりに脆弱すぎる僕たち家族のために嘆き抜いてもいいんだ。


 ……なのに、僕の目から涙は溢れなかった。

 感情が激すれば激するほど、僕は自分がなぜ泣けないのか不思議だった。

「くそっ!!」

 ついに僕、叫んでいた。

 僕、ヴァンパイアになって、心まで冷たく冷え切ってしまったのかもしれない。


 瑠奈の声が響く。

「ヨシフミ。

 なにをそんなに怒っているん?」

 えっ?

 僕は怒っているん?

 悲しいんじゃなくて、怒っているん?

 

「話なよ、ヨシフミ。

 いつものヨシフミじゃないよ。なにがあったん?」

 僕、顔をあげる。

 そこには、いつもの瑠奈の姿。

 おそるおそる手を伸ばすと、「なに?」って言いながら僕のその手の上に、自分の小さな手を置いてくれる。

 


 僕、その手を両手で握りしめて、堰を切ったように話しだしていた。


 僕、脇目も振らない勢いで話し続けて、話し終わって、少し呆然とした感じで脱力して終わった。

「さすが、ヨシフミのパパだね。

 ゴムチューブ仮説、面白い。

 すっごく面白いね」

 瑠奈さん、あまり面白がられていても困るんですけど。


「でもさ、ヨシフミ。

 私たちも同じようなことをしたけど、それってこの先どうなるのかな?」

 同じようなことって……。

 ああっ、笙香のことだ。

 となると、笙香はなぜ、寿命を延ばせたんだろう?

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る