第4話 父さんのしてきたこと


「時空の認識をちゃんとできていないから、そのエネルギー保存則というのも僕にはよくわからない。

 でも、そこで誰かが死ぬと決められていたら、死なない未来はないんだね。

 だれか、というのは変えられても、死ぬということは変えられない」

「そうだ」


「でも、それだと可怪しいことにならない?」

「どこがだ?」

「例えば、将来の独裁者が誰かの代わりに死んじゃったら、歴史が変わっちゃうよね?」

「変わらない」

 ……なんで、そんなに自信を持って言えるんだろう。


「時空のエネルギー保存則は、ゴムチューブの中の断面積みたいなものなんだ。この場合のゴムチューブ本体は、時空の流れだ。

 ゴムチューブの中の空気の分子がどう動こうとも、ゴムチューブ本体の向きには影響しない。

 美子が死のうが、他の身代わりの誰かが死のうが、ゴムチューブの断面積は変わらない。努力して、多少変えられえたとしても、ゴムチューブは太いままや細いままではいない。結局わずかな時間の範囲で、エネルギーの収支は釣り合わされてしまう。

 そして、将来の独裁者が、誰かの代わりに死んじゃったとしても、かわりになる新たな独裁者が生まれるだけだ。

 そういう特異な人間は、ゴムチューブの向かう方向、すなわち時代の要請が生むんだよ。だから、第二第三の独裁者候補が用意されているんだ」

 なんか、予想外にシステマティックだな、時間の流れって。


「話を戻すぞ。

 美子を助けても、代わりの誰かが死ぬとなったら、それに対する後悔は一生続いてしまう。

 だから、この方法は却下だ」

「うん。

 じゃ、次の方法は?」


「エネルギー保存則があるのであれば、総量規制に引っかからなければ、融通は利かせられるはずだ。

 5=1+4でも、5=2+3でもいいはずだ。

 だから、ゴムチューブのいくらか変形を許す機能に賭けて、エネルギー配分を変えようと思ったんだ」

「それって、つまり……」

「ヨシフミの思っているとおりだ」

 そんなこと、できるのかよっ!?


「……父さん。

 父さんは、本来なら、何歳まで生きられるはずだったん?」

「73歳だ。

 あとは計算できるだろう」

 ……父さん、すごいな、恐ろしいほどすごいことしてきたんだな。


 父さんは、73歳まで生きる寿命を母さんに分け与えた、

 母さんは19歳で死ぬはずだった。

 父さんが28歳分の寿命を母さんにあげたのだとすると、父さんは45歳、母さんは47歳で死ぬことになるはずだ。


 あれっ?

 計算が合わない。

「父さん、今、40歳だよね。

 僕は、父さんたちが23歳のときにできた子だよね?」

「そうだ。

 10年計算が合わないだろ?」

「なんなん、この10年は?」

「手数料だ」

 マジか。


 ああ、ようやくわかった。

 父さんも、僕と同じことをしたんだ。

 きっと、C.R.C.クリスチャン・ローゼンクロイツも。


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