第10話 積極的になったヴァンパイア


「……もう私には、そんな可愛いとこ残ってないかも」

 予想に反して、瑠奈るいなの声は暗かった。


「ヨシフミ、私ね、男性とお付き合いしたことがない。

 父を手伝って養蚕をしていた頃は、そんな時間がなかった。大規模養蚕農家として父を継いあとは、すぐにマドモワゼルじゃなくて、マダムって呼ばれるようになった。あくまで、女社長って意味だったはずだったんだけど、これ、既婚女性を呼ぶ言い方でもあるんだよね。

 正体がバレないように、できるだけ閉じこもってたこともあって、10年も経つうちにいつの間にか未亡人だと思われていて、なんかいつも一歩引かれていて、ぐいぐい来る男の人いなかったんだよね。フランスだったのに。

 書類上の代替わりをしても、扱いが変わるわけじゃないし」

「日本に来てからは?」

 僕、なんとなく答えが予想できていながら聞いた。


「日本に来てからは先生だったからさ。

 先生だから、なにがあってもデレるわけにはいかないと思っていた。

 そしてね。

 やっぱり、私、怖いみたい。

 ジェヴォーダンの獣だもんね。普通に怒っただけでも、人間にとっては果てしない恐怖だよね。

 大して本気で怒っているわけじゃないんだけど、感情を顕わにしちゃうと、そのあともぐいぐい来てくれる人もいなかった。

 ヨシフミが初めて。

 私にとっては、ヨシフミ級に懲りない人、初めてなんだよ」

 そうか、それはそうかもしれないね。

 厚かましいフランス人ナンパ師や、日本人ナンパ師が、瑠奈の一睨みで「ひぃっ」って逃げ出す姿が簡単に想像できるよ。

 でもって、僕をヨシフミ級って、懲りない人の単位にしないで。


 あくまで、ヴァンパイアの僕だから平気でいられるんだ。

 少しは感謝してくれてもいいよね。

 で、それはともかく……。

 それでも、僕、瑠奈の可愛いところを知っているんだぜ。


「ねぇ。

 今まで、だれとも付き合ったことないっていうんだよね?」

「そうだよ」

「じゃあ、あんな形でも、ファーストキスは僕がもらったんだね?」

「う、うるさいっ。

 それがどうしたっていうのよ?」

「可愛かった。

 思いっきりテレていて、それを怒って隠そうとしていたあたり」

 僕のヴァンパイアの目には、薄暗い中でも、瑠奈の顔が赤くなっているのがわかった。

 僕を「きっ」とにらんでいても、だ。



「瑠奈さん」

 あらためて、僕はそう呼びかけて。

 僕は自分の体を霧に変えた。

 1メートルの距離を詰めるのは一瞬。

 そして、さすがの瑠奈も、これには対抗できない。

 僕、そのまま実体化するのと同時に瑠奈を抱きしめて、その唇に僕の唇を合わせた。

 うん、牙と牙を合わせるのは、本当のキスじゃない。

 唇と唇を合わせるのが、本当のキスだよね。


 もがく瑠奈を、ヴァンパイアの怪力で抑えつけて。

「ほら、可愛い」

 って、耳元で囁いてやった。


「せめて、手をつなぐところから始めなさいよっ」

 真っ赤なまま下を向いて。

 それが、瑠奈の可愛い反応だった。

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