第16話 なにもしないヴァンパイア


「聞こえないのか?」

 男は、そう問いを重ねた。

 あれっ、僕がいるってこと、半信半疑かな?


 突然、難しいパズル問題が整理されたように、男の考えが僕の頭の中に整然と浮かんできた。

 そうか、体育祭で父兄に混じって録画をしていても……。

 僕の正体はわからないんだよ。

 例えば、僕は狼男かもしれない。他の、なんかの亜人かもしれない。

 それこそ、足が速いだけの普通の人間かもしれない。

 真っ昼間の体育祭だったからこそ、僕の正体は絞りきれない。


 つまり、この男も「侵入者がヴァンパイアだ」という確信を持って、紫外線ランプを持っていた訳じゃない。

 室内で使える猟犬を飼い、ボウガンに仕込んだ毒薬を用意してある辺りも含めて、とても用意周到な男なんだろう。

 落ちている矢を、改めてそういう目で見れば、たぶん銀製だ。対策はバッチリってことだ。


 けど、やはり当初の見込みのとおり、個人の悲しさだな。対応が面的なものじゃない。

 思いつく可能性について、点として対処しているだけだ。

 だから、1つ歯車が狂うと、すべての計画が狂ってしまう。


 そう、僕がなんの反応もしないという、そんなことだけで。



 今の男の頭の中は、疑心暗鬼でいっぱいだ。

 ジェヴォーダンの獣は、同時に2ヶ所に出現したなんて話があって、そのタネ明かしを瑠奈から僕は聞いている。

 でも、この男にとっては、瑠奈がテレポートとかするという可能性を排除しきれないんだ。つまり、この家の侵入者はあくまで瑠奈だけかもってこと。


 ということは「瑠奈を剥製にする」って話、中身が正しいかはどうでもいい。むしろ僕が姿を現すように、カマをかけたという方が重要だ。

 あ、だからといって、その発言を許すわけじゃないよ。


 となると、瑠奈、すごいな。

 矢を投げ返した時に、ダイレクトに紫外線ライトを破壊するんじゃなくて、男に紫外線ライトで打ち落させる場所に返したんだ。

 だから、男はより迷っている。

 瑠奈は、紫外線ライトを破壊しようとはしなかった。

 そして、紫外線ライトはあくまで事故で失われたのに、僕が姿を現さない。

 それらのことからも、この家に現れたのは瑠奈の単独行動で、ヴァンパイアの僕はここにいないって、思考の誘導しているんだ。


 ビーグル犬は吠えたけど、なにに対して吠えたかをこの男は見ていない。

 犬の挙動から僕たちの侵入を知り、そのまま状況の確認もできないまま僕たちを追い込んだ。

 それが、ここへ来て迷いの元になっている。


「いいのか?

 この女、裸にひん剥くぞ」

 男は空に目を据えて、さらに言う。

 それでも、僕、動かない。


 もう余裕だよ。

 僕は男を観察している。

 荒川の家にいるけど、コイツ、荒川の父親としたら若すぎる。

 荒川は兄弟いないし、身内かもしれないけれど、家族でもないってこと。


 で、どうかな?

 親戚の家に居候していて、女性が侵入してきたからって、「いきなりひん剥いてえっちとか始められるものか」ってことだ。

 その親戚がトイレとかで起きてきて、現場を目撃されたらいきなりそれでアウトだよ。犬も吠えたから、その可能性は無視できないよね。

 事例としては、「居候している甥が、女性の泥棒が入ったので押し倒して犯してた」、だ。

 これは、あまりに異常だ。

 親戚一同で、もれなく縁切りするほどの事態だよ。

 

 ということは順番として、ひん剥く前に自分の部屋まで運ばないといけない。

 そう、犬が逃げ込んだであろう、この男の部屋に、だ。

 だから、男の言っていることは、質の低いブラフに過ぎないのがわかっちゃう。

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