第60話 指摘、効果


「わかりました。

 じゃあ、前室の壁よりをドアごと土砂で埋め尽くします。

 身体を霧化して、全身で土砂を運びます。。

 ドアの前から埋めていけば、50往復で10tくらいは運べると思います。

 距離が10mくらいしかないので、時間的にも掛からないかなって」

「すごいもんね。

 さすが、ヴァンパイアの力。

 で、10mって、どこから運ぶのよ?」

 と、お姉さまが笑いながら言う。


「このレンガ積みの部屋の外は石積みで守られた、低い通路でしょ。

 その通路の反対側は、レンガの施設もなく、石積みの壁だけです。その石積みの向こう側の土を使いましょう。

 終わったらまた戻しておけば、誰にも迷惑かけないし、誰にもわからないでしょ」

「考えることと、それができることがすごいわ。

 やっぱり、私たちみたいな生き物由来で生き物のままの存在と違うよね」

 うん、お姉さまのお許しが出た。

 でもって、たしかに僕、生き物とは違う存在かもだよなー。


「で、幻覚が効いた場合は?」

 と、これは瑠奈。

「部屋に入ったら、幻覚でドアを消してしまおうか、と。

 でもって、彼らの方向感覚を部屋に入ると同時に90度回しておく。

 捕虜の方も、気が付かれないように昼間の1日かけて、やっぱり方向感覚を90度回しておこうと。

 そうしたら彼らは、壁の向こうは土で人力ではどうにもならない壁を破ろうと努力してくれるよ。で、持ち込んだ装備もそのために浪費してくれるだろ。

 でもって、今日一日彼らは断食だったから、そこでの力仕事は堪えるだろうなぁ」


「ヨシフミ、ヒドいっ。意地悪っ!」

「瑠奈、その言い方は……」

「でも、優しい」

「えっ!?」

「本当に殺さずに無力化できそうだよね」

「えっ!?

 そうかな?

 そうだと嬉しいな」

 瑠奈の感想に僕、かなり舞い上がっちゃったよ。


 でも、お姉さまはそれでもまだまだ冷静だった。

「ヨシフミ。

 それで終わりだとダメよ」

「なんで?」

 ちょっと、むっとしちゃったよ。

 瑠奈に持ち上げてもらって、有頂天だったからね、僕。


「たとえヴァンパイアの催眠術が効いたとしても、その結果幻覚を見せられたとしても、部屋の向きを誤認させられたとしても……。

 その効果は、健常な常人に対するものより浅いでしょう。

 ならね。見たいものを見せる努力をしなさい。

 人は見たい夢を見ているときは、目を覚まそうとはしないものよ」

 ……どういうこと?


 僕の不審顔に、お姉さまは溜息一つ吐いて説明してくれた。

「例えばね、部屋の向きが変わったとして、そこに疑問を感じないわけがないでしょ?

 まったく動かない壁に対して、徒労という努力を続けはしないでしょ?

 まずは、閉じ込められても大丈夫、脱出は楽にできるって誤認をさせなさいよ。そうすれば、幻覚そのものに対して考えるより、脱出の方を考えちゃうでしょ?

 さらに、壁を破ろうってときに、きしんだりちょこっと崩れたりしたらますます頑張るでしょ?

 で、そういう努力が報われていると、見たいものを見ているわけだから、幻覚から覚めようって努力をしなくなるでしょ?

 そう言ったケアまでを考えると、ヨシフミの案はもっと良くなるんじゃないかな」


 あああ、なるほどっ。

 自縄自縛で幻覚にかかる効果を深められるんだ。

 さすがだなあ、お姉さま。

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