第17話 ヴァンパイアの「でもでもだって病」


 3年生のクラス対抗リレー。

 最後の競技だからね。みんな、トラックに向けて思いっきり盛り上がっている。

 そんな中で僕は、みんなの後ろで赤く腫れ上がった右足に、濡らしたタオルを巻いて座りこんでいる。そして、ただ、ひたすらに押し寄せる痛みに耐えていた。

 ここまで痛いのには理由がある。

 足の先にまで、SPF50+でPA++++の日焼け止めは塗っていなかったからね。靴下も破れてしまったので、ダイレクトに日光にさらされちゃったんだ。

 本当に、想定外ってヤツだよ。


 右足の先は、ぶすぶすと肌が燻るような状態で、僕の身体は大きなダメージを受けていた。

 直射日光の下では、超回復力が間に合わないんだ。



 ただねぇ。 

「保健室に」

 なんて言われるのは嫌だからね。

 顔は笑って、心で泣いて、だよ。

 夜が来れば、夜が来さえすれば、僕の身体は治る。あとは、真紅の薔薇だ。さすがにエネルギーの補給もしたいよ。



 瑠奈るいながやってきて、座り込んでいる僕の顔を窺う。

 僕、笑ってみせた。

「大丈夫?」

「問題ない」

 そう返したけど、瑠奈の顔はあからさまな疑いを湛えている。


「砂で、足の親指を擦りむいただけだよ。

 そういう種類の怪我ってぴりぴりして痛いけど、大したことはないから。消毒もしたし。

 明日にはもう痛くなくなっちゃう、そんなレベルの怪我だってば」

 疑念を持たれないように、そう言い足した。


「じゃ、明日、見せて」

「なんで? やだ」

 冗談じゃない。

 いくらなんでも、一日で完治してしまったものを見せるわけにはいかないからね。特殊な人だって、バレちゃうじゃないか。

 あ、人じゃなかったけど。


 瑠奈、深々とため息をついた。

 その上で、聞いてくる。

「デート、どうするの?」

「僕とは嫌だよね。

 無理に、なんて言わないから安心して。

 気にしないで」

 僕、そう返した。


 あれは、笙香しょうかが先走ったんだ。

 でも、それを口実に、実際のデートに持ち込むことは確実にできると思う。

 僕、それだけの活躍はしたからね。


 でも……、瑠奈は可愛い。

 可愛いからこそ。

 そう、可愛いからこそ、僕以外の、まぁ、できれば、僕と荒川以外の男と付き合うべきなんだ。

 荒川、アイツはダメだ。



 中学生同士の付き合いが、一生続いて行くなんてのは必ずしもないだろうさ。

 それでも、だ。

 僕と付き合ったら、短期間でも不幸になるのは間違いない。

 だって、瑠奈は普通の人間だからね。可愛いから綺麗になって、品が良くなって、いいおばあちゃんになって死んでいく。

 そんな感じで、幸せに普通に生きていくべきなんだよ。

 その中に、異物みたいな思い出は残さない方がいいよ。

 僕が、「でもでもだって病」なのは自覚しているけど、実際のところ、この問題はどうにもならないだろう。


「私とはデートしたくないの?」

「そ、そんなことないよ。

 でもさ……」

 そこで僕、わかってしまった。

 瑠奈の深々とついた、ため息の意味。


 つまり、「私とデートをしたいから、怪我をするほど頑張った」って、瑠奈は考えている。

 そのさらに底にあるのが、「これでデートしなくちゃならなくなった」なのか、「申し訳ないから、しかたなしにデートする」なのか、まではわからない。でも、瑠奈の性格を考えれば、「申し訳ない」の可能性の方が間違いなく高いと思うんだ。

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