第7話 母獣、加害者の正体を推理する4


 母親は続ける。

「そもそも、この国の新教徒の人たちって、この地方にしかいない。

 あとは全員、殺されるか国外に追い出されてしまった。

 となれば、ここに残った新教徒たちを殺して、状況を完璧なものにしようとするって考えもあるでしょう。

 また逆に、ここまで追い詰められた。このまま殺されるなら、その前に迫害者を殺すしかないって、そう考えることもありでしょうよ。

 獣に偽装すれば、内乱を起こした側とは言われなくて済むし。

 まぁ、個人の情欲から宗教の争いに到るまで、見方はいろいろ考えられるってこと」


 たしかに、新教徒の中の不穏当な連中が、村の狩人にこの事態を依頼したというのがそもそもの始まりということもありうる。

 今までの話で予想された動機に、明確な線引きなどできない。

 カトリックの信者を殺せという依頼を受け、ついでに殺す前に乱暴もしようなんてこともあり得るし、そこに明確な線を引くのは不可能だからだ。



「最後の質問の、これからどうなるか、だけど……。

 村の人たちは、もう、王様に直訴するくらいしか手がない」

「それで上手くいくかな?」

 父親の問いは、懐疑に満ちていた。


 母親の答えは、その懐疑をあっさりと肯定するものだった。

「無理でしょうよ。

 兵隊たちが来ても、力押しで狼狩りをして終わり。

 歩兵が来ようが、騎兵が来ようが、捜査とか推理とかはない。

 突撃しか能がない連中よ。

 まぁ、兵隊の資質としては、いいことなんでしょうけれど」


 この時代の戦争には、戦列歩兵という兵科がある。

 横に列になって行進し、彼我お互いの顔が見える50mの至近距離からマスケット銃を撃ち合うのだ。

 プレッシャーに負けて逃げれば、後ろから味方の上官にサーベルで斬られる。

 隣の仲間が撃たれても、銃口から弾を込めては撃ち返し、相手が怯んだら銃剣で殴り込みを掛ける。

 いくらマスケット銃の命中率が低いにしても、こんな運用をされる兵隊とは、考えたら負けな職業なのだ。

 そして、それを運用する上層部が、こんな田舎に来ることはほぼない。


「まぁ、彼らに捜査能力があったら、私、ここでこんな平和な生活ができていないから」

 具体的な予想をした上で、最後にそう言った母親も、昔はいろいろとあったのだ。



「王の兵隊も役に立たないとなれば、最後にはどうなると思う?」

 父親の問いに、母親は淀みなく答えた。

「結果として言えば、いくら凶暴で巨大な肉食獣がいたとしても、人間を喰い尽くすのは無理。

 襲えば襲うほど、人間だって守りを固める。

 そうなれば、移動したほうが良くなるからね。

 生き物である以上、限界はあるしいつかは狩られる。

 狩られなくても、老化と寿命からは逃げられない。

 結局のところ、人間にとっては、酷い嵐がしていくのと変わらない」


 シンプルにして真理。

 それが母親の予想。

 父親は、もうひと押しと聞く。

「相手が肉食獣ならば、それはそうだな。

 では、人間同士の争いが、こういう形で吹き出てきたものだとしたら?」

「どんな結末にせよ、かつて終わらない戦争があった?」

 またもや、たった一言だった。

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