第50話 立案、生命


 僕、頭の中からアイデアがどんどん湧いてくる気がした。

「相手の弾薬を使い切らせちゃうの、案外楽だと思うな。

 さっきのサメも含めて、的を与えてやればいいんだ。

 それには……」

「それには?」

 と、瑠奈が聞く。


 いい的があれば良いんだよね。

 的かぁ。

 的……。

 僕、考え考え、ぽつぽつと口に出す。

「ねえ、瑠奈、銃の的になってくれないかな?」

「なんで私がっ!?」

「だから、弾丸を使い果たせたいじゃん。

 と、なると……」

「ヨ・シ・フ・ミーっ。

 どーいうことよ?」


 ここで僕、初めて瑠奈が怒っていることに気がついた。

「なんで?

 なにを怒っているの?」

「怒らいでかっ!

 人に銃の的なれって、よくもしれっと言えるな、ヨシフミっ!

 アンタがなんなよっ?

 アンタなら弾が当たったって平気でしょっ!?」

「あ、だめ。

 霧になっているときは、相手から的として見えてないから。

 やっぱり、獣バージョンの瑠奈じゃないと」

「で、ライフルの連射の中を走れって?」

 瑠奈の声が、ごくごく低くなった。

 ぐるぐるって唸り声が聞こえてきそうだ。


「別に、連射の中じゃないよ」

「どういうことよ?

 ヨシフミ、アンタ、きちんと説明しなさいよ。

 本気で私を殺す気?」


 ここで僕、初めて瑠奈の勘違いに気がついた。

 そもそもさ、幻覚の話の上でアイデアを喋ったんだけど、瑠奈はそうは取らなかったらしい。

 ちょっと僕、これには焦ったよ。


「違うからっ。

 そうじゃないからっ」

 僕が否定しても、瑠奈の顔、むっすりしている。


「瑠奈、さっき聞いた話だけど、廃病院から天井を逆さまに走って脱出したって話だったよね。

 そこまでの動き、僕もまだ見たことがない。

 見せてくれたら、そういう感じで襲ったり逃げたりする狼……、は現実性がないから犬を連中に見せるよ。

 たしか、軍隊には犬がいるってのを何かで見たからさ。

 そういう犬がここにいるってことにして、敵をおびき寄せたり弾を無駄使いさせたりできると思うんだ。

 あくまで、そういう動きを敵に見せるだけだから。

 海岸あたりで一度、弾を避ける想定で走る姿を僕に見せてくれれば、リアリティをもってそういう犬がいるって敵に思い込まさせられるよ。瑠奈が実際にライフルの的になることはないけど、的になったように走って見せて欲しいだけなんだ」


 瑠奈、むっすりしたままの顔でつぶやく。

「なるほどね」

 って。

 誤解は解けたと思うんだけど、なんでこんなに不機嫌なんだろ。


「考えながら話しちゃって、誤解を呼んだのはごめんなさい。

 でも、そんな危険な目に合わせるって話じゃないから……」

 うーん、ダメだ。

 謝ってもすっきりした顔になってくれない。

 この案は実行不可かな……。


「だめ?」

 僕、それでもダメ押しをする。



「獣の姿になりたくない」

 瑠奈の声は不吉な響きを帯びていたよ。

 なんで?

 いつも、ためらいなんかないじゃん。なんで今日は……。


 あ……。

「尻っぽを気にしてる?

 焦げちゃったっていうのを?」

「うるさいっ!

 尻尾は女の命なのよっ!」

 そうなの?

 僕、そんなこと、初めて知ったよ。

 

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