第64話 躍動、衝動


 夜が明ける前に、僕たちはここから退去する。

 お姉さまが連絡すれば、横須賀海軍施設から迎えの船が来る。

 捕虜をその船に詰め込んで、レンガ造りで漆喰塗りの狭い部屋の掃除をする。奥の部屋は、申し訳ないけど本来の所有者に片付けてもらおう。


 岸に付いたら、お姉さまとは一旦別れる。とはいえ、明日辺りにはまた顔が見れるだろう。

 そのあと、瑠奈は1時間駆け通せば、僕は2時間をコウモリになって飛べば、学校には間に合う。それどころか、家に寄って朝ごはんを食べて、お母さんからたっぷりとお小言を貰うこともできるだろうな。


 一応は高校生だからね。

 当然のこととして、学校にも行きたいとは思っているんだ。



「ヨシフミ。

 掴まりなよ」

 瑠奈の提案。

 そうだなー、そうしようかなー。

 瑠奈は、陸上生物としてほぼ最高のスピードを持っている。コウモリの頼りない翼で飛ぶ倍は速い。

「うん」

 僕、甘えることにしたよ。



 瑠奈、当然後ろ姿は見せたくないってことなので、僕、コウモリの姿になって瑠奈の首筋にぶら下がった。

 尻っぽの毛ってどのくらいの時間で生え揃うんだろうね。


「行くよっ」

 っていう声とともに、ものすごい加速を感じた。

 すごいなぁ。

 四足で瑠奈が走るときのストロークっていったら、10m近いと思う。でもって、1秒に4歩以上進む。

 秒速40mってことだから、時速140kmを超えるんだ。しかも、建物の屋根どころか電柱のてっぺんまで足がかりにして、目的地まで一直線だもんね。これは速いよ。



 で……。

 僕、瑠奈の首筋に掴まっているわけで……。

 いい匂い。

 うん、すごく。

 そして、ふさふさした毛の中に顔をうずめると、躍動する締まった筋肉とそれが持つ熱を感じる。

 そしてなにより、首筋の太い血管の中を躍動する血液が、ものすごく甘い。吸わなくてもわかるよ。これは、天上の美味。僕にとって、神酒ソーマとか甘露アムリタと同じだ。


 ああ、これを飲めたら、僕、さらに強力な存在になれる。

 ずっと幻覚を見せたりして力を使い続けていたから、体内のヴァンパイアの力も減っている。だからよけいに魅力的。

 しかも、瑠奈の首筋ならば、こんなきれいなものはないもんね。

 ここに僕の牙を突き立てられれば、このきれいなものは永遠に僕のものになるんだ。


 不意に僕の頭の中、真っ赤になった。

「きいっ」

 意識せず、僕の口からコウモリの鳴き声が漏れた。

 大好きだ、瑠奈。

 もらうよ、生命の赤い水。


「だめだよ」

 走り続けながら、瑠奈がつぶやいた。

 僕、長く伸びた牙はそのままに、動きを止める。

「どうしても飲みたいなら、あげる。

 でも、直飲みはダメ。私もヴァンパイアになっちゃうから。

 採血して、ワイングラスに入れてあげるから、それまで辛抱して」


 ……ああっ、僕、今、なにをしてしまったんだろう。

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