第3話 駆逐、捕捉
男は仰向けのまま感覚を研ぎ澄ませ、時間が経つのを待った。
植え込みの中で視野が狭まると、先ほどの見られているという感覚が再び襲ってくる。
男は軽く舌打ちをすると、じりじりとした肌を灼く自らの感覚が導くままに視線を横にずらした。
植え込みの中、低い位置で赤く輝く目が男を凝視していた。
猫くらいしか潜り込めそうにない、植え込みの隙間からである。
男には、それを可怪しいと考え、判断する余裕はなかった。ただ、訓練によって培った動きがとっさに出た。男の左手は反射的に動き、赤い目に向けて拳銃のトリガーを絞った。
弾は出なかった。
銃声もしない。
左手の拳銃に目をやると、トリガーが絞られているのにハンマーが落ちずに止まっている。拳銃の構造上、ありえないことである。
ここに至って初めて、男は自分の敵が己の常識の範囲にない相手だと気がついた。
恐怖が男の心を塗りつぶした。
もはや、隠れている意味などない。
男は立ち上がり、顔をひきつらせ、足をもつれさせながら全力で駆け出していた。
用をなさない拳銃は、植え込みに投げ捨てる。遠距離からの射撃を考え、とっておきのH&Kを持ってきたのだが、惜しくはなかった。
脛からナイフを抜き取り、左手で前腕に沿うように逆手に隠し持つ。
誰でもいい。
どこでもいい。
人が、普通の人間がいる場所に逃げるのだ。
男は、だだっ広い十字路を走り抜ける。
この広さが、心許なさを増幅する。
さすがに辛い。
でも、十字路は必ずカメラが設置されている。
男の本能は、カメラの死角を求め、その足を走らせ続けていた。
ようやく十字路を通り抜け、さらに走り続け、男は堅いアスファルトに全身を投げ出していた。
うなじに、生温かい息が吹きかけられたのだ。
全力で走る男のすぐ後ろから、である。
他の対処方法も思いつかないにせよ、全力でその息を避けた男の判断は褒められて然るべきだっただろう。
身体を反転させ、ナイフを振るおうとした左の前腕が踏みつけられた。地面にダイブしてからも切れ目なく動き続け、動きを読まれないようにしていたのに、である。
予想外に柔らかい。
革靴の底の硬さの予想を裏切られた男の視線が、確認のために走る。
そこには、赤い毛に覆われた巨大な前足があった。
「肉球じゃ、硬くはないよな」などと、不思議な納得感とともに男の視線はそのまま前足に沿って上に登っていき、子牛ほどの大きさの狼に似た獣が自分を見下ろしている視線とかち合った。
男の抗らう意思は、一気に萎んだ。
東京で、それも銀座から数kmしか離れていないところで動物に喰われて終わるなど、今までのどんな未来予想をも超えていた。
獣は、大きく口を開け、長く鋭い銀の牙をきらめかせて勝ち鬨を吠えた。
「ぅわうぅーーーーっ!」
そして、もう片方の前足が、男の顔めがけて振り下ろされていた。
自分など、その獣にとっては牙を使う価値もない存在なのだと思い知りながら、男はその前足が当たる前に気絶していた。
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初の、花月夜れん@kumizurenka22 様とのリアルタイムコラボです。
なんと、マンガなのです!!
感謝!!
https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1409998672083832834
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