第35話 父さんと母さんの秘密
「なんで……」
僕、呆然と手の中のペンの束を見た。
まるで研磨したみたいになめらかな折れ口が見えた。ボールペンからは、インクがゆっくりと滲み出ている。
瑠奈はひたすらにびっくりしていて、でも、フリッツさんは興味深そうでも、その表情に驚きはない。
初めて見たものじゃないって雰囲気だ。
僕?
あごが落っこちちゃいそうだよっ。あと、目玉も。
母さんが、話しだした。
「ヨシフミ。これが父さんと母さんの秘密よ。
父さんは、戦車みたいなもの。
センサーがあって、武器も満載してる」
「でも、父さんに戦車なんてイメージ、まったくないけど……」
温和で、武闘派なんて言葉の対極にいる人だよ、父さんは。
「そりゃそうよ。
だって、弾薬も燃料もぜんぜんないんだもん」
「は?」
「そこにあるだけの役立たず、それが父さんなの」
うん、皮肉屋は皮肉屋だ。
やっぱり、母さんではあるんだ。
父さんの辛そうな声がした。
「なかなかに酷い言い草だな。
弾薬と燃料を積み上げただけで、自分じゃ使えもしない母さんが」
ああ、そういうことなのか。
父さんだけでも、母さんだけでも、不思議なことはなにも起きない。
父さんが狙いを定めて引き金を引いて、始めて砲弾は発射される。
母さんは、父さんのひと言がないと、なにもできないんだ。
そして、父さんは燃料も弾薬も持っていない戦車。つまり、単なる鉄の塊。やっぱり、母さんがいないとなにもできない。
「なぁ、ヨシフミ。
そもそも、こんな父さんと母さんの関係は歪んでいると思うだろ?
だから、こんな力は使えないようにしようって話になってな。
母さん、心理障壁をずっと作り続けていたんだ。
20年近く自己洗脳をしてきて、ようやくこの力が使えなくなってきて、安心していたんだけどな。
父さんが先に逝って、もしも父さん以外に母さんに命令できる人が現れたら、それも悪意ある人だったら大変なことになるからなぁ」
うん、それはわかるよ。
泥棒どころか、殺人だって証拠を残さずにし放題だ。そんなことになったら、母さんは自殺しちゃうだろうな。
さっき母さんが言った、「まだ未完成だから」っての、このことだ。父さんに死なれちゃって母さんが独りきりになったときに、他の誰からもこの力を使われないようにするための心理障壁が完璧じゃないってことだよね。
「母さんの力を利用できる人からの命令に対して、母さんは拒否権があるの?」
「少なくとも父さんの場合は、ほぼ、ない。
逆に、拒否できるようならば、父さんのひと言がなくても実行できるはずだろ。
だからこそ、俺は母さんのリクエストには応えてきたんだ。そうでないと不公平だからな」
ああ、だからいつも、父さんは母さんの言うことを最後には叶えてきたんだ。僕、父さんが弱腰なんだと思っていたよ。
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